役割喪失は気力を低下させる

 アイデンティティーの危機に加えて、役割喪失は気力の低下をもたらす。これまでのような心の張りがなくなってしまいがちとなる。

 職業生活は良いことばかりではなく、つらいこともあっただろうが、いずれにしても心の張りがあったのではないか。配属された部署における職務上の役割遂行に徹し、時にキツくて苦しむことがあっても、日々頑張ってきたはずである。

 営業であれば、取引先を回って関係作りに尽力したり、説得力ある説明ができるように資料作りを工夫したりして、売り上げを伸ばすために尽力してきたはずである。人事・労務であれば、仕事で行き詰まったり、適性に悩んだり、人間関係に悩んだりする従業員の相談に乗ったり、人事評価や上司への不満をもつ従業員や配置替えを希望する従業員の相談に乗ったり、心身の不調に苦しむ従業員の心のケアをするなど、働きやすい職場づくりに尽力してきたはずである。あるいはマーケティングであれば、市場の動向把握や新商品開発・投入の戦略づくりのための情報収集をしたり、商品販売の調査データを解析したり、消費者の意識調査を行ったりと、市場の動向を踏まえた戦略立案のための調査研究に尽力してきたはずである。

 また、どんな部署であろうとも、管理職であれば、どうしたらみんなの気持ちをまとめていけるか、みんなの力を結集して成果を出していくにはどうしたらよいかを考えて、メンバーのモチベーションを上げるために尽力してきたはずである。

 このような職務上の工夫に頭を悩ませたり、なかなか思うようにいかずに苦しんだりすることもあっただろう。退職すればその必要が一切なくなる。

 職務上の役割喪失は、「もう自分は、誰からも必要とされない人になってしまったのではないか」という不安を喚起し、気力の低下をもたらしがちである。とくに、仕事で組織に貢献し、稼ぐことで家族に貢献していることを自負してきた人にとっては、「もう何にも貢献していない」ということによる喪失感は、心理的に大きなダメージとなる。

 こうした職務上の役割喪失を、責任をもって果たすべき役割を失い、必要のない存在になってしまったととらえるか、責任が重くのしかかる状況から解放され、自由な身になったととらえるかで、心理状態は大きく異なってくる。