敏腕ファンドマネジャーが転職で失速→不振の理由が「まさか」だった『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第44回は、投資における「意思決定」の重要性を説く。

「これ見てくださいよ」架空のグラフに同情

 主人公財前孝史は投資部の先輩たちから、投資判断では合議制は禁物とクギをさされる。その直後、父親とその異母兄が祖父の遺産の処理を巡って中途半端な妥協で投資先を決めるのを目の当たりし、失敗を確信する。

 10年ほど前、ある日本株のファンドマネジャーA氏がヘッドハンティングで外資系に移った。移籍後半年ほどたったころ、近況を聞きにいくと、表情が冴えない。運用成績が振るわず、再転職を考えているという。

 移籍前のA氏は、独特の銘柄選びのセンスを武器に、市場平均を大きく上回る抜群の成績を上げていた。不振の理由を聞くと、意外な答えが返ってきた。「チーム内の合意形成が煩雑で投資のタイミングを逸してしまうケースが多い」という。

 移籍前は裁量が大きく、ほぼ独断で銘柄選別や売買のタイミングを決められた。だが、新しい職場では「なぜその銘柄に今、投資するのか」「どれくらいの期間でどの程度のパフォーマンスを見込むのか」とチーム内で事前チェックが細かく入るようになった。

 愚痴を聞いているうちに、不調の責任をチームに押し付けているのかな、という考えが頭をよぎった。それが私の表情に出たのだろうか、A氏は苦笑しながら「これ見てくださいよ」と右肩上がりの折れ線グラフを差し出した。もし自由に運用できていたらという前提で作っている架空売買のポートフォリオの成績だという。私はA氏が気の毒になった。

 結局、合議制スタイルになじめないA氏はまた別の会社への転職を決めた。移籍後はまずまずの成績を上げられるようになったと聞き、ホッとした。

バフェットの名言「集団的意思決定とは…」

 

漫画インベスターZ 6巻P7『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 希代の投資家ウォーレン・バフェットには「私にとって集団的意思決定とは、鏡をのぞき込むことである」という名言がある。突き詰めると、投資で相談できる相手は鏡の中の自分だけだというわけだ。

 チーム制の資産運用がすべて悪なわけではない。それで傑出した成果を上げているケースもある。バフェットにも、先ごろ亡くなったチャーリー・マンガーという素晴らしいパートナーがいた。

 ただ、A氏のようなタイプの投資家にとっては、合議制はいわゆるエッジ(強み)が消える悪夢になるのだろう。A氏の運用スタイルは「近い将来、市場でこんなテーマに注目が集まりそうだ」というシナリオを描き、他の投資家に放置されている中小型株を先回りして仕込むというものだった。

 様々なシナリオを描く発想がユニークなうえ、狙うのは知名度の低い銘柄ばかり。A氏の脳内では理詰めの判断と野性の勘が融合していたのだろうが、「エビデンスを示せ」と言われても、他人を説得できる類いの思考法ではない。

 くわえて、投資の本質がリスクテイクにあることを考えれば、「最後は自分で決める」ことの重要性が増す。責任の所在があやふやなまま話し合いで決めれば、リスクテイクの判断に甘さが入り込む恐れがある。

「投資は自己責任」とくどいほど強調されるのは、成功も、失敗も、結果を自分自身が引き受けることもまた、投資の本質だからだろう。

漫画インベスターZ 6巻P8『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 6巻P9『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク