せっかくいいアイデアを提案したのに、上司が決断してくれない。改善提案をしているのに、のらりくらい交わされて、まるで前に進まない。そんな「保身上司」「責任逃れ上司」に困らされている人も多いだろう。
しかし、そんな上司に「それがアンタの仕事だろ!」と正論をぶつけても意味がない。組織で実行力を発揮するには「正論よりも、人間心理と組織力学」が大事だからだ。『Deep Skill ディープ・スキル』という本では、まさに「人間心理と組織力学を踏まえたノウハウ」がふんだんに紹介されている。さて、「保身上司」「責任逃れ上司」に対して、私たちはどんなふうに向き合っていけばいいのだろうか。本書のなかから、そのヒントを紹介する。(構成:イイダテツヤ)

Deep Skill ディープ・スキルPhoto: Adobe Stock

「仕事ができる人」ってどんな人?

 組織のなかで「仕事ができる人」とはどんな人だろう。

 斬新なアイデアの持ち主、企画力がずば抜けている、コミュニケーション力が高い、プレゼン力が秀逸など要素はさまざまある。

 しかし、どんなに能力があり、すばらしいアイデアを持っていても、それを実行できなければ「できる人」とは言えない。つまり「できる人」をシンプルに表現すれば「実行力のある人」となる。

 しかし、この「実行力」がなかなかの難問。組織であればなおさらで、組織には「すばらしいアイデアの実行を阻む多種多様な要素」があふれている。

 たとえば、上司の存在。

 せっかくいい企画を立て、たいへんな思いをして準備をしたのに、「ちょっとそれは難しいなぁ…」「今じゃないかもしれないなぁ…」などと煮え切らない態度で、のらりくらりと交わし続ける上司というのもめずらしくない。

「この企画はダメ!」とはっきり却下するならまだわかる。「仕方がないか」と思えなくもない。

 タチが悪いのは、「意思決定をしない上司」だ。

 のらりくらりしている上司を見ていたら文句を言いたくもなるが、そんなことができるはずもない。

 結局、こうした上司は責任を取りたくないのだ。保身と責任逃れに忙しくて、肝心な意思決定をしてくれない。

 そんな上司の下で実行力を発揮しようとしても、なかなかうまくいかない。じつに切ない現実である。

相手を責めていても実行力は発揮できない…

 そんな状況では「あの上司はダメだ」「あんな人の下にいたら、何もできない」と嘆いたり、愚痴をこぼしたくもなるだろう。

 気持ちはわかる。しかし、それでは「できる人」にはなれない。「責任逃れ上司」の下で苦労しているのは同情できるが、現実問題として何も実行できずにいるからだ。

「本当はすごく能力があるのに、上司のせいでそれが発揮できないんです」と四方八方に訴えたところで、あなたの評価は変わらない。

 そこでおすすめできるのが『Deep Skill ディープ・スキル』という書籍だ。

 この本で紹介している「ディープ・スキル」とは、端的に言えば「いろいろやりにくい状況であっても、そのなかでなんとか実行していくスキル」と表現できる。

 本当の意味で「できる人」になるために必要なのは、発想力でも、企画力でも、プレゼン力でもなく「やりにくい状況のなかで、なんとか実行するスキル」なのだ。

 この部分にこだわって多種多様の考え方やノウハウを伝えているのが本書の特徴だ。この着眼点がおもしろいし、とても実用的でもある。

 著者の石川さんは「ディープ・スキル」を「人間心理と組織力学を踏まえて実行していく力」と表現している。すなわち、人間心理と組織力学に対する深い洞察力なくして「ディープ・スキル」はあり得ない。

 本書には、以下のように書かれている。

人はいつも合理的に判断や行動をするわけではありませんし、さまざまな要因で気持ちは揺れ動きます。経営陣、上司、部下など社内の人々を味方につけるためには、そうした「人間心理」への鋭い感性が求められます。(P.4)
同じ会社内であっても部署ごとに利害は異なり、ときには対立関係に陥ることもあります。あるいは、「社内政治」と呼ばれるような力関係の中で翻弄されることもあるでしょう。「組織力学」に対する深い洞察がなければ、組織を動かすどころか、組織に押し潰されてしまうのです。(P.4-5)

 たしかに、その通りだ。

「意思決定するのがアンタの仕事だろ」と上司に正論をぶつけたところで、保身と責任逃れに忙しい上司は動いてくれない。

 そんなやり方は「人間心理と組織力学」を踏まえていないからだ。だったら、どうするのか。

 たとえば本書では、ひとつの方法として「上司に言い訳を用意すること」を提案している。

「いやいや、そんなことまでやってられないよ!」と思った人もいるだろう。

 しかし、上司という生き物の人間心理と組織力学を踏まえてみれば、新規事業の企画にしろ、改善提案にしろ、意思決定したはいいが「うまくいかなかったとき、自分の責任になる」のが怖くてたまらないわけだ。

 そんな上司に「それが人間心理ってものだよな」と歩み寄る。この出発点に立てるかどうか。組織で仕事をしていくうえでは、大きな分かれ道だ。

組織で大事なのは”正論”よりも”人間心理”

 組織で実行力を発揮するには「正論より人間心理」。

 そんな人間心理を踏まえたとき、たとえば、自分の企画や提案に対し、業界の権威と言われる人からお墨付きをもらってきたらどうだろう。

 業界の権威が「この企画はイケる!」「絶対やった方がいい」と言ってるとしたら、誰だって「じゃあやってみようかな」という気になる。

 この状況でもしやらなかったら「業界の権威までが推してるのに、なんでやらなかったんだ!」と後で言われるかもしれない。保身と責任逃れに忙しい上司なら、余計にそう思うだろう。

 それだけではない。もしうまくいかなかったときは「あれほどの権威がイケると言ってたんだから、あのときはどうすることもできなかった」「あの意思決定はやむを得なかった」と言い訳できるだろう。

 そんな「言い訳」を上司に与えてあげるのだ。

 そんなふうに人間心理を踏まえた準備を整えて、上司に決断を迫る。これが「ディープ・スキル」のワザのひとつである。

 そのほかユーザーアンケートのデータを揃えてみたり、撤退基準を明確にするなど、意思決定できない上司に対して「意思決定しやすい状況」(裏を返せば、仮にうまくいかなかったとしても言い訳できて、上司の責任問題にならないような状況)を提示するノウハウが本書では紹介されている。

 なかには「別の権力者の存在をちらつかせる」なんてしたたかな方法もある。

 自分の組織や自分の立場を振り返ってみて「その方法が現実的かどうか」はそれぞれ吟味が必要だが、著者の石川さんが提案するこの手法を知っておいて損はない。

 ぜひ本書を読んで「組織における実行力とは何か」をあらためて考え直してみてほしい。

 企画力や発想力、プレゼン力や問題解決力など優れた能力を持ち合わせている人こそ本書を読んでみてほしい。

 正論やきれいごとで物事が進むなら、こんなに楽なことはない。

 正論やきれいごとが通用しない「理不尽極まりない状況」にあっても実行力を発揮できる。真の「できる人」は必ず優れた「ディープ・スキル」を持っているものだ。