直木賞作家・今村翔吾初のビジネス書『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)では、教養という視点から歴史小説について語っている。小学5年生で歴史小説と出会い、ひたすら歴史小説を読み込む青春時代を送ってきた著者は、20代までダンス・インストラクターとして活動。30歳のときに一念発起して、埋蔵文化財の発掘調査員をしながら歴史小説家を目指したという異色の作家が、“歴史小説マニア”の視点から、歴史小説という文芸ジャンルについて掘り下げるだけでなく、小説から得られる教養の中身やおすすめの作品まで、さまざまな角度から縦横無尽に語り尽くす。
※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。
『名将言行録』は
リーダーシップの教科書
組織運営においては、リーダーシップも重要な要素です。歴史の偉人からリーダーシップを学びたいなら、『名将言行録』を読むことをおすすめします。
『名将言行録』は幕末期に館林藩士の岡谷繁実が、実に16年をかけて書き上げた武将たちの逸話集です。
原典を現代語訳したものを読むのもいいですが、現代の読者向きに換骨奪胎した解説書も多数出版されていますから、ビジネスのヒントを得るには手軽だと思います。
教訓になるお言葉を
教えてください
私が印象に残っているのは、彦根藩三代藩主・井伊直孝の次のようなエピソードです(脚色を加えて再構成します)。
直孝の周囲にいる若者たちは、彼に「成人のお祝いとして、教訓になるお言葉を教えてください」とせがんでいました。
列をなしてアポをとり、ようやく直孝から直接言葉をもらえる機会を手にします。
「いったいどんな素敵な言葉をいただけるのだろう……」。期待しながら対面すると、直孝はこういいました。
拍子抜けするほどの
正論に隠された意図
「油断大敵。この言葉をくれぐれも忘れないようにしなさい」
若者は拍子抜けします。あれだけ時間をかけてやっと教訓を聞けたと思ったのに、「油断大敵」のひと言はあまりに普通です。
「いや、実は『油断大敵』には深い教訓が隠されているのかもしれない。私が本当の意味を理解できていないのではないか」。そう考えている若者に向かい、直孝はつけ加えます。
同じ言葉でも
発する人で重みが異なる
「言葉は、誰が言うかが大切なのですよ」
当たり前の言葉でも、偉い人が口にすると不思議と重みが増すものだ。人は言葉を素直に受けとるわけではなく、発言者の背景を見ている生き物である。
そこまでがセットで井伊直孝の教訓だったのです。
※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。