あの時は、あれが僕の精一杯だったのだから、否定したところで意味がないですし、そもそも僕自身が心の底から「正しい」と思うことを主張し、「間違っている」と思うことは否定する以上のことは原理的にできないからです。
それに、未熟な僕には「粗さ」はあったにせよ、自分を包み隠さず表現することで、「しょうがねーなー」などと思われつつも、徐々に、僕という人間の「人となり」をそれなりに受け入れてもらえるようになったと思うのです。
むしろ、「リーダーとして恥ずかしくないように……」などと考えて、柄にもなく“人格者”ぶってみたり、澄ました顔で賢い振りをしてみたり、無理して格好つけようとしたりすることの方が、よっぽど危険ではないでしょうか?
そんな“上っ面”を取り繕うようなことをしたって、部下たちはあっという間にリーダーの「嘘」を見破ってしまいます。そして、「こいつは口だけで、全然信用できない人間だ」などと烙印を押されたら、リーダーとして終わりだと思うのです。
大見得を切った新社長の「末路」
こんな出来事を見聞きしたことがあります。
取引先の有名な大企業から子会社に送り込まれた新任社長のAさんがいたのですが、その方は社長就任後すぐに全社員を集めて、こう言ったそうです。
「私は予算をもっています。業務上必要と認められるものはすべて実現しますから、なんでも必要なものをオーダーしてください」
社員たちは半信半疑ではありましたが、そのA社長が自信満々に発言を促すものですから、「そこまで言うなら」と要望を口々に伝えました。そして、A社長は、「わかりました。今日いただいたご要望はすべて実現したいと思います」と大見得を切ったそうです。
ところが、本社の役員会で提案すると、オーナー社長のBさんは言下に「何言ってるの? そんなの無理に決まってるでしょ?」と一蹴。そして、A社長は、何事もなかったかのような顔をして、社員たちに対して釈明の一つもしないままやりすごしてしまったのです。
格好をつけるから「致命傷」を負う
もちろん、それをわざわざ指摘する社員などいません。
しかし、これでA社長のリーダーシップは致命傷を負いました。それもやむを得ないのではないでしょうか。誰だって心の中で、「何なんだよ?」「もう信用できない」「都合が悪いことはダンマリを決め込むのか……」などと思ってしまうからです。それでは、「社長」という肩書きはあったとしても、リーダーシップを発揮するのが難しくなるのも仕方のないことでしょう。
もちろん、社員たちに「夢」を語る分にはいいと思いますが、「すべて実現します」と言ったからには、絶対に実行しないとダメ。ところが、A社長はBオーナーに一蹴されると、簡単に要望を引っ込めてしまった。せめて、ここで社員に正直に経緯を説明して謝罪したならば、その「正直さ」のおかげで、彼のリーダーシップの命運は首の皮一枚で繋がったかもしれません。ところが、おそらくA社長には、「謝罪」するなどという格好悪いことをする勇気がなかったのではないでしょうか。
そして、この話自体をなかったことにするという選択をすることで、メンツを守ろうとしてしまった。だけど、そうやって格好をつけようとした結果、彼のリーダーシップは致命傷を負ってしまったのです。
自分とは違う“人格者”を演じない
だから、僕は、リーダーは格好をつけてはならないと思っています。
この世の中に完璧なリーダーなどいません。僕のようにちょっと乱暴なところがある人もいれば、おとなしくてリーダーとしてはちょっと押しの弱いと思われる人もいるでしょう。だけど、それでいいんです。それぞれが、欠点も含めて、あるがままの姿をメンバーの前にさらけ出すしかないんです。
むしろ、自分の「欠点」を覆い隠そうとしたり、自分とは違う“人格者”を演じようとしたりするのは逆効果。そんな「偽物」で騙そうとすること自体が、メンバーをみくびっている証拠だし、それこそが「不信」を買うきっかけになるのです。
それよりも、もっと根源的なことに向き合うことが大切だと思います。
「根源的」などと言うと難しく感じるかもしれませんが、要するに、幼稚園や小学生の頃に教えられた「人として正しいこと」を愚直にやり続けること。その「道」から外れないように、ちゃんと自らを律し続けることが大切だと思うのです。
例えば、次のようなことです。
「嘘をつかない」
「言い訳をしない」
「ごまかさない」
「人のいいところに着目する」
「人の手柄を横取りしない」
「自分の過ちを素直に認める」
「自分が間違っていたら謝る」
何を当たり前のことを……。
そう思われる方もいるかもしれません。
だけど、リーダーになったら難しいことをやろうとするよりも、まずは、こうした基本に徹することが大事ではないかと思います。
難しいことをやろうとする前に、徹底すべきこと
リーダーになって難しい課題に挑戦しようとするのはいいことだと思うのですが、そのためには、何はさておきメンバーから「この人は信頼できそうだな」と思ってもらえなければ何も始まりません。人間として「信頼」してもらわない限り、どんなに「正しいこと」を言っても聞き入れてはくれないのです。それは、僕があの「痛恨の失敗」(詳しくはこちらの記事参照)で身をもって学んだことです。
逆に、こうした基本を徹底していれば、多少時間はかかったとしても、必ずメンバーはそれなりの「信頼感」をもってくれるはずです。
そして、「信頼関係」さえできれば、そこには楽しいコミュニケーションが成立するでしょうし、そのコミュニケーションを通して、チーム全体で「難しい目標に挑戦しよう」という機運も自然に生まれるのです。
だから、不完全な自分のままでいいから、「嘘をつかない」「言い訳をしない」といった基本を愚直に守ることが、リーダーとして仕事をする第一歩なのだと僕は思うのです。
(この記事は、『リーダーは偉くない。』の一部を抜粋・編集したものです)。