三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第73回は「ギャンブルと投資」を比較し、違いや共通点を探る。
ブラックジャックの「必勝法」編み出した男
日米開戦直前、旧知の仲である主人公・財前孝史の曽祖父・龍五郎と連合艦隊司令長官・山本五十六が、藤田財閥の開祖の金七を訪ねる。龍五郎は在米時の山本とのギャンブルの思い出を語り、金七は真珠湾攻撃という一世一代の賭けの着想を喝破する。
投資とギャンブル、教科書的には両者の違いは期待値だ。投資のリターンは期待値がプラス、ギャンブルは期待値がマイナスもしくはゼロでしかない。長期でみれば投資には参加者全員が報われるチャンスがあるが、ギャンブルは勝者と敗者、胴元の間のカネの奪い合いでしかない。
期待値がマイナス、つまり回を重ねると負ける可能性が高まるはずのギャンブルで「必勝法」を編み出し、しかもその後、投資の世界でも輝かしい成果を残したユニークな人物がいる。
その名はエドワード・ソープ。1970年代から80年代にかけてヘッジファンド業界で活躍した「クオンツのゴッドファーザー」と呼ばれる人物だ。クオンツは高度な数学を駆使して金融商品や投資戦略を開発・分析する専門家を指す。
ソープが必勝法を見出したギャンブルはブラックジャックだった。特定のカードの残存枚数をカウントすることでプレイヤー側が統計的に有利な状況を読み取り、カジノ相手に大勝ちを重ねた。必勝法を解説した『Beat The Dealer』というタイトルで本まで出版した。ソープの編み出した手法は今や「禁じ手」となっている。
「ギャンブルについて私が学んだことは…」
ギャンブルの次にソープが攻略したのがマーケットだった。着目したのは「決められた価格で特定の株式を買う権利」を売買するワラントの市場。当時は金融工学が発達する前で、市場参加者は経験則や勘で取引をしていた。
そんな時代にソープは適正価格を算出する数式を独自に導出し、株式とワラントを組み合わせた取引で莫大な利益をあげた。マーケットの中で自分だけが割高・割安を的確に判断できるのだから、有利なことこの上ない。
ワラントやオプションのようなデリバティブ(金融派生商品)の価格付けの標準的手法であるブラック・ショールズモデルが確立されたのが1973年。ソープは、このノーベル賞に輝いた金融工学の金字塔に先駆けて同等のモデルを独自に作り上げ、実際のマーケットで活用したのだった。
その後も数学を駆使した先鋭的な投資手法を編み出し続け、1988年までの19年間に年平均15%という驚異的なリターンを上げ続けた。
抜群に面白い自伝『天才数学者、ラスベガスとウォール街を制す』の末尾でソープはこんな言葉を残している。「ギャンブルについて私が学んだことは、ほとんどどれも、投資にも当てはまる。人はリスクやリターン、不確実性のことはまずわからない」。これは私の持論、「人間は本来、投資に向いていない」とぴったり重なる。
大リーガー大谷翔平選手の元通訳のスキャンダルを機にギャンブル依存症への注目が高まっている。ソープが指摘する通り、投資とギャンブルにおいて判断のベースとなるリスク、リターン、不確実性の取り扱いが人間は致命的に苦手な生き物だ。つまり、人間は投資にも、ギャンブルにも向いていない。そこに麻薬に似た中毒性が加われば、人生は破滅する。
ギャンブルは極力遠ざけ、投資に際してはギャンブル的要素をできるだけ排した形で取り組む――これが人生のリスク管理の要諦だろう。