まず、ホンダは販売員にスーツとネクタイを着用するよう求めた。これまでの薄暗くて怖い店主によるバイク販売のイメージを一新するためだ。そして、広告もバイク専門誌だけでなく『LIFE』誌など一般消費者が読むような雑誌に掲載した。

 その広告も、ファミリーや学生、主婦などが通勤や買い物などさまざまなシーンでスーパーカブを乗りこなす様子を絵や写真で表現したものだった。

 さらに、そこに「You meet the nicest people on a HONDA(意訳:素敵な人たちはみんなホンダに乗っている)」というキャッチコピーがついた。売上が伸びるにつれて、経験曲線効果によって、価格競争力も付随してきた。

市場からのフィードバックを
真摯に受け止めて改善していく

 こうしてホンダはこれまでバイクに乗ることがなかった層に訴求していき、当初ニッチ市場だった小型バイク市場を独占し、市場そのものを拡大することができたのである。その結果が、わずか7年ほどでアメリカのバイク市場の過半数のシェアを得るという大成功だった。

 パスカル教授によるホンダの事例研究は、マギル大学のヘンリー・ミンツバーグ教授によって、「創発的戦略」「クラフト戦略」といった概念でとらえ直された。

 これまで、経営戦略というと、典型的には経営企画部の情報収集を基にして、トップマネジメントが事前合理的に練り上げるものだとされてきた。

 それに対してミンツバーグ教授は、実際のトップマネジメントの仕事は、机に向かって沈思黙考するようなものではないと指摘した。トップマネジメント層は、さまざまな打ち合わせや会合に細切れで参加する必要があり、じっくりと思索にふけるほど暇ではないというのだ。

 ホンダの海外進出戦略もまた、日々の試行錯誤の仕事に忙殺されながら生まれた。チャンスをつかんだらそのたびに頭を使って戦略を練り、市場からフィードバックをもらって戦略を修正するというものだった。すなわち、仕事の中から生まれてくる、創発してくる、経営戦略だったのである。

 現在、創発的戦略は世界の経営実務界および学界からも受け入れられている。

 それどころか、戦略策定プロセスや戦略実行プロセスに関しての研究は、現在では事前合理的な戦略の研究以上に盛んに研究されているといえるほどだ。