抽象的すぎず、具体的すぎない、「ほどよい抽象度」
広がるパターン・ランゲージの応用領域

解決」、つまり、「これをするとよい」ということを、ただ何も考えずに示された通りに実行しても、その実践を習得したことにはなりません。「それはどういうときに、なぜ大切なのか」ということも理解し、「状況」に応じて自分で繰り出せるようになることこそが、大切だからです。「問題」の箇所には、その問題がどのようにして生じてしまうのかも書かれているので、実践についての洞察が深まります。

 例えば、対話のパターン・ランゲージである「対話のことば」のひとつのパターンに、「言葉にする時間」というパターンがあります。「相手が自分なりに考え、言葉にするための間を取り、待つようにします」というのが、このパターンで勧めていることです。ただ、これだけだと「なぜ?」と思いますよね。

 相手に何かを質問して、もし相手が黙ってしまったら、「質問の意図がわからなかったのかな」と、別の言い方で問い直してしまいがちです。でも実は、相手が答えをじっくりと考えていたのかもしれません。 

 初めて聞かれたことは、誰でも質問を咀嚼(そしゃく)したり、自分なりの答えを考えたりするのに時間がかかるものです。答えが見つかったとしても、適切に言語化するのにはまた時間がかかるかもしれません。そのとき、別の言い方で質問し直そうと、またこちらが話してしまうと、相手が考えるのを遮ってしまい、話すタイミングを失わせてしまいます。そうしたことにならないように、「相手が自分なりに考え、言葉にするための間を取り、待つようにします」ということがこのパターンのソリューションです。

「相手に何かを質問している」という「状況」と、「こちらがたくさん話してしまい、相手が考えるのを遮ってしまう」という「問題」を示し、その背景や構造を理解した上で、「解決」のソリューションを受け取る。これが重要なのです。もともとアレグザンダーも、この3つのセットを基本としています。

――パターンを抽出する時、どこまで具体的に書くべきか、という「抽象度」の度合いはどのように決めているのですか。

井庭先生笑顔

 そこは大変重要で、抽象的すぎず、具体的すぎない、その中間レベルの、ほどよい抽象度を目指します。僕たちは「中空(ちゅうくう)の言葉」と呼んでいます。

 抽象的すぎると、具体的な場面での実践の参考になりにくい。具体的すぎると、個別ケースにしか対応できず、また、本人が考える余地がなくなってしまう。

 ある実践についてのパターン・ランゲージを最終的に約30個のパターンでまとめるというのは、「中空の言葉」に適していると、僕たちは経験的に考えています。とはいえ、つくる前から、どのレベルがちょうどよい抽象度なのかはわからないので、つくる過程の中で、抽象度を上げてみたり下げてみたりして、ちょうどよいレベルにチューニングしていきます。

 おもしろいことに、パターン・ランゲージをつくり続けて経験を重ねると、「こういうテーマの実践なら、だいたいこのくらいの抽象度が適切だろう」という塩梅(あんばい)もつかめてくるので、熟達者は、適切な抽象度のレベルを見抜くことができるようになります。これは、どのような分野でもそうだと思いますが、多くの経験を積んで熟達していくことのすごさです。

――そのほか、パターン・ランゲージは、どのような領域で応用できますか。

 僕たちがこれまでつくってきたパターン・ランゲージには、コラボレーション(チームビルディング)、プレゼンテーション、創造的な学び、企画、おもてなし、対話、進路選択、読書、探究学習、アクティブ・ラーニング教育、オンライン授業、料理、作曲、アカデミック・ライティング、本質観取(※物事の本質をつかみ表現すること)、スタートアップ、社会起業、越境リーダーシップ、仕事の取り組み方、働く中でのウェルビーイングの実現、テレワークのスタイル、などがあります。

 ほかにも、ナチュラルにクリエイティブに生きる、ワクワクする人生の育て方、幸せに生きる、働きながら子育てする、女性が生き生きと美しく生きる、認知症と共によりよく生きる、東南アジアでの貧困地域の若者が自立して生きていく、保育園・幼稚園・認定子ども園のマネジメント、防災(地震)、生態系保全活動、などのパターン・ランゲージもつくっています。

 社会レベルでのパターン・ランゲージでは、デジタルの力を活かしたよりよい社会にしていくための「デジタルを活用する未来に向けて」というパターン・ランゲージが、デジタル庁のWebページで公開されています。僕たちのチームが手がけたもので、カードデータもダウンロードできるので、ぜひ、みなさんの組織や周辺で、活用していただければと思います。

 他の方がつくったものには、(デジタル)トランスフォーメーション、障がい者雇用、福祉分野でのイノベーション、ソーシャル・ワーク実践、実務家教員の活躍の仕方、リビングラボなどもあります。海外では、創造的活動、創作、グループワーク、社会課題解決のための協働、難民の受け入れなどのパターン・ランゲージもつくられており、応用分野は非常に多岐にわたっています。

――無限に応用可能性がありそうですが、パターン・ランゲージと特に相性のよい分野をあらためて挙げるとすれば、何でしょうか。

 基本的に、人間の行う実践はすべて、パターン・ランゲージを作成して支援することができると、僕は考えていますが、特に得意とするのは、次の3つだと言えます。

 1つめは「創造性が少しでも求められるもの」です。

 例えば、企画をつくるとか、プレゼンテーションをつくるとかは、「この通りやればいい」というマニュアルをつくることができません。その時々のテーマ、場、人によって、自分なりにつくることが求められるからです。

 ほかにも、もう少しゆるやかな創造性が求められるものとして、料理を例に考えてみましょう。冷蔵庫にあるもので料理をするとき、それらをどう組み合わせて何をつくるのか、少し創造的になる必要がありますよね。このような、多かれ少なかれ「創造的である」ことが重要となる実践においては、それを下支えする経験則として、パターン・ランゲージは有効です。

 2つめは「相手に応じて行う実践」です。

 教育や対話やケアなどの実践は、相手との関係性の中で、柔軟に対応を変えていく必要があり、マニュアル化ができません。しかも、単に行為をすればいいというものではなく、相手を思い、相手との関係を踏まえ、その実践がなされる必要があります。

 このようなとき、相手の状況を読み取りながら、なぜそれをやるのかということを理解した上で、よい実践ができるような勘所を押さえられるパターン・ランゲージは、極めて有効です。

 3つ目は「生き方」です。

 生き方は人それぞれですから、共通の理想モデルを具体的に提示することはできません。しかし、「ここは押さえておくとよい」というポイントを先人たちから学ぶことはできます。生き方に関するパターン・ランゲージを踏まえることで、自分なりの人生を形づくることができるようになります。

 いずれも、「この通りにやればよい」という具体的な手続きを示すことはできないものですが、要所要所に押さえるべき点はあります。それさえ踏まえていれば、深刻な問題に陥ることを避けられる。連続的な「線」が引かれているわけではなく、押さえるべき主要な「点」だけがあるということは、つまりは、そこには自由度があり、各人の創造性を活かす余地があるということです。

 先人の知恵が込められたパターンを知ることで、各人が、状況に応じた判断を行えるようになる。それを支援するのが、パターン・ランゲージなのです。

――社会人がパターン・ランゲージを学びたいという場合は、どうすればよいでしょうか。

 昨年、出版した『総合政策学の方法論的展開』(慶應義塾大学出版会)という本の中で、僕はパターン・ランゲージの考え方とつくり方の概要を紹介しています。まずはそれを読んでいただくとよいと思います。僕のパターン・ランゲージの会社、クリエイティブシフトでも、半日〜1日の体験ワークショップを実施したり、オンラインセミナーを行ったりしています。さらに、今、パターン・ランゲージのつくり方をまとめた本を書いているところなので、ご期待ください。

漫画巨大

――今後はどのような展開をお考えですか。

 漫画や絵本、歌など、これまでとは異なる表現方法でパターン・ランゲージを提供できればと思っています。漫画による表現は昨年から挑戦していますが、今後はさらに進めていくつもりです。

 こうすることで、より楽しく触れることができたり、これまでよりもさらに広い範囲の人たちに届けることができたりするといいなと思っています。

 僕の研究室では、これまで数多くの産学協同の研究を行ってきました。これからも積極的に行っていくつもりですので、各業界や分野における課題を、パターン・ランゲージをつくって解決していくということに関心がある方はのお声がけをお待ちしています。

 また、後進の研究者の育成や、研究の促進・深化の実施、そして、他大学や研究機関との交流を深めるべく、パターン・ランゲージの学問分野や学会を立ち上げる予定です。「新しい学問をつくる」というのは、なかなかに冒険的でチャレンジングなことですが、ワクワクしながら真剣に取り組んでいきたいと思っています。

――ありがとうございました。