東日本大震災の津波の被害者、交通事故に巻き込まれた子どもたち、自死したアイドルなど、人の死と生をテーマに独自のアプローチで創作を続ける芸術家・弓指寛治さん。センセーショナルなテーマで注目を浴びようとしているわけではないのに、あえてタブー視されるようなテーマに挑むのはなぜなのか? 創作活動の原点には何があり、何を表現しようとしているのか? その創作活動に迫りました。(聞き手・編集:探求集団KUMAGUSU、構成・文:奥田由意)
「津波の時、自宅に犬を置いて来てしまった」
複雑でリアルな心情を絵で表現
――自死や交通事故など、あまり気軽に周囲の人と語ることのできない、いわゆる「タブー」をテーマにした作品が多い印象ですが、「このテーマで作品をつくる」という基準があるとすれば、それはどのようなものでしょうか?
弓指寛治(以下、弓指) タブーをテーマに作品づくりをすることが多いといっても、別に「タブーなら何でもやってみよう」というわけではありません。
「やらなければ」「残さなければ」という使命感というよりも、私が「興味深い」と思ったもの、そして「絵で残したい」と思ったものをテーマにしています。
1986年三重県出身。東京都を拠点に活動。名古屋学芸大学メディア造形学部映像メディア学科卒業、名古屋学芸大学大学院 メディア造形研究科修了。母親の死をきっかけに「自殺」「慰霊」をテーマとし創作活動を続けている。ゲンロンカオス*ラウンジ新芸術校(第1期生)にて金賞受賞。2017年、第21回 岡本太郎現代芸術賞(岡本敏子賞)受賞。2019年あいちトリエンナーレ招聘作家。2021年、VOCA展佳作賞受賞。岡本敏子を通じて岡本太郎や2人の生活を捉え直す「饗宴」展が、2023年3月21日(火・祝)まで岡本太郎記念館で開催中。
以前、Reborn-Art Festival(宮城県石巻市を中心としたエリアで開催されている総合芸術祭)において、小説家で芥川賞受賞作家の朝吹真理子さんと共に石巻の人々から聞き取った話をもとに複数の作品を制作し、鮮魚店跡で展示しました。
東日本大震災の津波の時、そこにいた人たちが、どんなことをして、どんなことを思ったかに興味があり、お話を聞いていると、ある人が「飼っていた犬をあまりかわいがってやれなかった」と言うんです。
「津波の時、自宅に飼っていた犬を置いて来てしまって、その犬は死んでしまった。でも、ずっとそのことを他人に言えなかった。『うちは家族全員が亡くなっている』と言われたら、犬が死んだことなんて言えない」と。
その人の中では、犬を自宅に置いてきてしまったことが、ずっと心に引っかかっている。「かわいがっていなかった」と考えていてそれを負い目に感じている。「溺愛していたペットが津波で流されてしまい悲しい」ではないんです。「津波で飼っていた犬が死んでしまったけれど、そもそも自分はその犬に愛情を注げていなかった」と今は感じている。それがリアルで、複雑で、もっと話を聞きたいと思ったんです。