元東北楽天ゴールデンイーグルス社長で、現在は宮城県塩釜市の廻鮮寿司「塩釜港」の社長と地方創生ファンド「PROSPER」の代表を務める立花陽三さんと、元プロ野球選手で現在は経営コンサルタントとして活躍されている高森勇旗さんの対談が実現した。立花さんのご著作『リーダーは偉くない。』(ダイヤモンド社)、高森さんのご著作『降伏論 「できない自分」を受け入れる』(日経BP社)を軸に、ビジネスからスポーツまで縦横に語り合っていただいた。今回のテーマは「体力」。仕事で成功するためには、おふたりは、「明晰な思考」「高度な分析」など「知力」も必要だが、それ以上に大切なのは「体力」だと断言します。それはなぜか? たっぷりと語り合っていただきました。(構成:ダイヤモンド社・田中 泰)

「お金」や「勉強」よりも優先すべき、確実にリターンのある“投資”とは?写真はイメージです Photo: Adobe Stock

ほとんどの仕事は、最後は体力勝負

高森勇旗さん(以下、高森) 立花さんのご著作である『リーダーは偉くない。』で、体力の重要性について書かれていましたが、あのくだりに僕はめちゃくちゃ共感がありました。

立花陽三さん(以下、立花) それは嬉しいですね。高森さんはプロ野球選手で、僕は学生時代はラグビー選手だったから、お互いに体力には自信がありますから、我田引水と思われるかもしれませんが、ビジネスにおいても体力は本当に大切だと痛感しています。

高森 はい。僕がプロ野球選手を引退して、セカンドキャリアに歩み出したのは25歳のときでした。最初は、エンジニアの仕事をやってたんですが、体力がめちゃくちゃあるので、プログラムをほとんどノンストップで無限に書けるんです。全然疲れないし、寝なくても平気。24時間コードを書けたんです。

 だけど、普通の人はすぐに「疲れた」「休みたい」「飲みにいきたい」と言うから、僭越ながら「これ、楽勝じゃん」と思ったんです。体力さえあれば、この世界で人よりちょっと前に出るのは簡単なんじゃないか。これは、僕にとってすごいアドバンテージというか、自信がもてるようになったんです。賢さとか、鋭い分析力とか、そういうのも大事ではありますが、最後の最後は体力勝負。そこに持ち込めれば勝てると(笑)。

「お金」や「勉強」よりも優先すべき、確実にリターンのある“投資”とは?高森勇旗(たかもり・ゆうき) 1988年富山県高岡市生まれ。2006年、横浜ベイスターズ(現DeNA)から高校生ドラフト4位で指名を受け入団。08年にイースタンリーグで史上最年少サイクル安打達成。09年にイースタンリーグで最多安打、技能賞、ビッグホープ賞を獲得。12年に戦力外通告を受け引退。引退後は、データアナリスト、ライターなどの仕事を経て、ビジネスコーチとしての活動を始める。コンサルタントとして延べ50社以上の経営改革に関わり、業績に貢献。著書に『降伏論 「できない自分」を受け入れる』(日経BP社)がある。

立花 本当にそうだと思いますよ。僕は慶應大学ラグビー部で死ぬかと思うくらいハードな練習をさせられて、当時は、それが嫌々でたまりませんでした。だけど、新卒で外資系金融の世界に飛び込んで、大学の4年間で体力がめちゃくちゃについたことのメリットを痛感しました。金融知識なんかまったくなかったのですが、体力さえあればそんなビハインドはあっという間に挽回できますからね。

 正直なところ、「こんなんでお金もらっていいの? 超楽勝じゃん」と毎日思っていました。会社に行くのが楽しくてならないっていうか。いつも元気だから、周りの人にも可愛がっていただけたような気がするし、体力があったら、多少嫌なことがあっても忘れられますしね。逆に、体力がないときは、何をやってもつらいでしょ?

高森 そうなんですよね。ご著作にも書かれていましたが、体力があれば、逆境に見舞われたとしても、運動をして休養をすればすぐに「体調」は回復します。そして、「体調」が整えば「気力」も充実し、その結果、「思考」の精度も高まる。だからこそ、危機的な局面においても、正しい判断を積み重ねることで、状況を好転させていくことができるんでしょうね。

「体力」がなければチャンスをつかめない

立花 そのとおりですね。そもそも、チャンスを掴むためには体力が不可欠ですよ。

 チャンスというものは、いろんな人に会うなかで巡り合うものですが、体力がなかったら、毎晩のように自分より目上の方にお目にかかるだけのエネルギーがもちませんし、いざチャンスが訪れたときに、それこそ不眠不休でそれを掴みにいくこともできない。

 おそらく、高森さんがチャンスを掴んだのも、体力の裏付けがあったからだと思いますね。

高森 たしかにそうかもしれません。

立花 実際、ビジネスで成功されている方の多くは、とてもない「体力」をおもちです。24時間365日フル稼働されているイメージで、「いつ寝ているんだろう?」という方もいらっしゃいます。

 そういう方はとにかくエネルギッシュで、パワーがあふれています。向き合っただけで、そのエネルギーに押されるような感覚を覚えますし、口にされる言葉にも自然と「説得力」が備わっていらっしゃるように思いますね。

 だから、僕は若い人にはいつも「いまのうちに体を鍛えたほうがいいよ」と言うんだけど、なかなか聞き入れてもらえないんですよね(苦笑)。

高森 そうだと思います。僕もそうでしたが、体力の重要性って、若いうちはあんまりわからないんです。そもそも体力があるから、体力をつけなきゃって思わないですからね。経営学者の楠木建先生がよくおっしゃる「事後性」でも説明できるかもしれません。

立花 「事後性」?

「お金」や「勉強」よりも優先すべき、確実にリターンのある“投資”とは?立花陽三(たちばな・ようぞう)1971年東京都生まれ。小学生時代からラグビーをはじめ、成蹊高校在学中に高等学校日本代表候補選手に選ばれる。慶應義塾大学入学後、慶應ラグビー部で“猛練習”の洗礼を浴びる。大学卒業後、約18年間にわたりアメリカの投資銀行業界に身を置く。新卒でソロモン・ブラザーズ証券(現シティグループ証券)に入社。1999年に転職したゴールドマン・サックス証券で実績を上げ、マネージング・ディレクターになる。金融業界のみならず実業界にも人脈を広げる。特に、元ラグビー日本代表監督の故・宿澤広朗氏(三井住友銀行取締役専務執行役員)との親交を深める。その後、メリルリンチ日本証券(現BofA証券)に引き抜かれ、数十人の営業マンを統括するも、リーダーシップの難しさを痛感する。2012年、東北楽天ゴールデンイーグルス社長に就任。託された使命は「優勝」と「黒字化」。星野仙一監督をサポートして、2013年に球団初のリーグ優勝、日本シリーズ制覇を達成。また、球団創設時に98万人、就任時に117万人だった観客動員数を182万人に、売上も93億円から146億円に伸ばした。2017年には楽天ヴィッセル神戸社長も兼務することとなり、2020年に天皇杯JFA第99回全日本サッカー選手権大会で優勝した。2021年に楽天グループの全役職を退任したのち、宮城県塩釜市の廻鮮寿司「塩釜港」の創業者・鎌田秀也氏から相談を受け、同社社長に就任。すでに、仙台店、東京銀座店などをオープンし、今後さらに、世界に挑戦すべく準備を進めている。また、Plan・Do・Seeの野田豊加代表取締役と日本企業成長支援ファンド「PROSPER」を創設して、地方から日本を熱くすることにチャレンジしている。著書に『リーダーは偉くない。』(ダイヤモンド社)がある。

トレーニングほど確実に「リターンのある投資」は珍しい

高森 「事後性」とは、「今やっていることが未来に影響を及ぼすから、長い目でものごとを見る必要がある」といった意味ですが、楠木先生は「それができない人が多い」とおっしゃるんです。

 特に、現在はYoutubeやTikTokの動画もどんどん短くなっている時代で、「タイパ(タイム・パフォーマンス)」などといって、すぐに効果のあること、すぐに結論みたいな風潮が強いですからね。読書やトレーニングのように、「今やったこと」が効力を発揮するのに時間がかかるものに意味が感じられない人が増えているのではないでしょうか?

立花 なるほど、そうかもしれませんね。僕もトレーニングほど確実にリターンのある投資ってないんじゃないかという気がするので、実にもったいないことですね。

高森 僕はわりと素直なほうなんで、歳上の経営者の方々に、「結局、最後は体力勝負だぞ」と言われると、「みなさんがそうおっしゃるなら、鍛えとかなきゃ」と思うんですが、多くの若い人は「そうかもしれないけど……そんなことを言われてもなぁ」という感じで、なかなか響かないのかもしれません。要するに、いまは体力があるから、その問題に直面していないからなんでしょうね。

立花 なるほどね。歳を取ると、体力差がパフォーマンスに決定的な差をもたらすことを実感できるんですけどね……。僕は、将来のキャリアアップのために勉強するのも大事だけど、とにかく身体を鍛えたほうがいいと強くおすすめしますね。

 その意味では、僕なんかは慶應大学ラグビー部時代に、理不尽なまでにきつい練習をさせられて、それが本当にイヤだったけど、そのおかげで体力の基礎をつけてもらったわけで、それは感謝すべきことなんだと今は思いますね。