広告代理業は、クライアントと発注先の“調整”に力を尽くす。その特性から、労働時間が長くなりがちな業界だ。なかでも、業界大手の電通は、接待の店のトイレまで下見を行う徹底ぶりで、長時間労働が常態化していた。そんな同社で時短改革を行い、2年間で残業時間の60%減に成功したで小柳はじめ氏が、電通マンが長時間労働に陥っていた原因について解説する。※本稿は、小柳はじめ『鬼時短:電通で「残業60%減、成果はアップ」を実現した8鉄則』(東洋経済新報社)の一部を抜粋・編集したものです。
接待で使う店のトイレまで下見
「電通スタイル」の過剰サービス
電通の長時間労働が問題視されたとき、その「元凶」として注目されたのが『電通鬼十則』の存在でした。その第5に「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……」とあり、その一句が過労死とつなげられる形で批判の対象となりました。
いまでは電通自身が封印してしまったこの『電通鬼十則』は、第4代社長であった吉田秀雄さんが1951年につくった、仕事の心得10項目を掲げた行動規範です。
『鬼十則』は本来、いわゆるビジョンでもミッションでもなく、もちろんパーパスでもありません。言うなれば「単なる」行動規範です。
しかし、「調整業務」「仕切り」が社の事業の根幹であり、それをやり切る社員が文字どおり会社の資産である以上、社員の行動規範はすなわち会社の存在理由であり、組織としても個人としても「ありたき目標」でした。
ビジネスモデルが稀有であったために、行動規範がそのままビジョン・ミッションとして機能してきたというわけです。
『鬼十則』の第9にこうあります。
「頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ」
これこそ、「調整業務」の神髄をひとことで言い抜いた名言です。そして同時に、長時間労働が必然となる背景でもあるのです。
クライアントの要望をまとめることに共走し、その実現のために発注先に説明し、お願いし、説得し、約束する。その過程で「頭は常に全回転、八方に気を配」ろうと懸命に努力する。だからこそ、みなさんは最後には「しかたないな、今回は貸しにしてやる」と言って譲歩してくださったりする。
この「そこまでやるか」の例ですが、クライアントを初めての飲食店にお連れするとき、メニューだけでなくお店がどの銘柄のビールを仕入れているかを事前に調べるのは基本中の基本。場合によってはトイレの設備がどのメーカーさんであるかまで下見します。
このように、相手から「そこまでやるか」「もうこれ以上やらなくていいから」と言われるくらいまでやる。時には極端な行動で人の心をつかみ、それを仕事につなげる。
それが「電通らしさ」と面白がられ、「電通は最後まで逃げずに調整をやり切る」と評価されてきたのです。