新入社員が飲みニケーションを嫌う理由

 E部長はガッカリした。

「そうですか……。しかし、どうして今年の新入社員達は職場での飲みニケーションを嫌うのでしょうか?」

「1週間前、別のお客様の会社を訪ねたときに社長から『新入社員歓迎会を開こうとしたら、彼ら全員に参加を断られてしまった』と聞き、理由を調べたことがあります。するとこんな内容が書かれていました」

<新入社員(若手社員)が飲みニケーションを嫌う主な理由>
(1)酒席の場に慣れていない
大学生の時、コロナ禍の影響でリモート授業を受け、ゼミやサークル、アルバイトなどの課外活動がなく、飲み会の機会がなかった。
(2)仕事とプライベートをきっちり分けたい
会社の人間と仕事が終わってから飲みに行ったり、休日を共にするなど個人的な付き合いは避けたいし、プライベートな時間にまで仕事の話はしたくない。飲み会に参加するなら、自分にとって有意義なことに時間を使いたい。
(3)もともとお酒が飲めない
(1)(2)の他にも、お酒を飲まなかったり、好きではないなどの理由で飲みニケーションを嫌う場合もある。また宴会に参加してもお酒を飲んでいないと、宴会の会費が割高に感じられたり、車の送迎係など飲酒者の世話をしなければならなかったりするケースもある。
(4)飲み会の場で上司や先輩に気を遣いたくない
「今夜は無礼講」と言いながら、上司にお酌をしたり、聞きたくもない話を聞かされたりするのが嫌である。
(5)飲み会に自分のお金を払いたくない
新入社員の場合、歓迎会飲食代の支払いはなくても、その他の宴会の場合会費を徴収されることはありうる。

「その他に、飲酒すると人格が変わってしまう上司や先輩がいたりして、ハラスメントを受けることも嫌がられる原因でしょうね。シラフの時と違い、セクハラ、パワハラまがいの言動をする上司や先輩のターゲットになるのは苦痛でしかないでしょう。今までのB主任の言動に思い当たることはありませんか?」

「B主任は後輩の面倒見も良く、指導が分かりやすいと慕われています。しかし、お酒が好きで強い上に、気分が良くなると、相手のことを根掘り葉掘り聞いて話題にするなど、調子に乗ってしまうところがあります」

「B主任の言動は、アルハラ、セクハラ、パワハラなどのハラスメントになる可能性があります。酒席での場合、言った方は軽く考えているかも知れませんが、言われた方は覚えているもので、酒が入っていたからといって許されるものではありません。つい気が大きくなって軽口を言いやすくなりますから注意したいですね」

<アルハラとは>
アルコールハラスメントの略で、飲酒に関連した嫌がらせや迷惑行為を行ったり人権を侵害することをいう。

「分かりました。B主任には厳しく注意しますし、彼の行為を助長させた自分や課長、メンバーにも責任があるので、これからしっかり対処します」

 E部長は続けた。

「社内でも特にシステム開発課のメンバーは酒好きが多くて、忘年会や新年会、新入社員の歓迎会だけではなく、仕事がひと段落するたびに飲み会を計画しちゃうんですよ。また個々のメンバー同士で飲みに行ってることも多い。でも、もう飲みニケーションはダメなんでしょうかねえ……」

「皆さんが楽しみにしている飲み会をなくす必要はないと思います。ただ、参加を強制したり、飲み会に参加しないとメンバー間のコミュニケーションに支障をきたすようなことは避けたいところです。もしイベントを企画するなら、一例ですがランチ会とか、コミュニケーションの取り方についての勉強会を開くのはどうでしょう」

 5月下旬。連絡不通だったAがE部長の元へ退職届を持って現れた。

「大手企業で人事部長をしている父親に、退職代行を使って会社を辞めたことと理由を話したら、『その理由で辞めるなら、退職届は自分から直接E部長に渡しなさい』とすごい剣幕で怒られました。E部長からの電話に出なかったりと、ご迷惑をかけてすみませんでした」

 と頭を下げ、退職届をE部長に差し出した。

「A君は歓迎会の時、新入社員の挨拶で『システム開発の仕事はやりがいがある』って言ってたよね。その気持ちは今も変わらない?」

「はい」

「これからは無理に社内飲み会に参加しなくてもいいし、B主任は今回の件ですごく反省している。取引先との酒席は、課長に相談すれば対処するそうだ。どうだろう?もう一度新たな気持ちで働いてみないか」

 AはE部長に差し出した退職届を引っ込め、胸ポケットにしまった。

※本稿は実際の事例に基づいて構成していますが、プライバシー保護のため個人名は全て仮名とし、一部を脚色しています。