でっかいタトゥーの女性に1万6000円を渡したら「ダメダメ!」と言われて1000円返された話『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第91回は、殺到するインバウンド客と「小商い」をめぐるエピソードをお伝えする。

現金オンリーの店にもインバウンド客が続々

 桂蔭学園女子投資部のメンバーは、スマートフォンの普及が消費者の行動を変えたことに着目し、飲食ビジネスでは知名度が高いチェーン店の優位がゆらぎ、個人経営のカフェやレストランがやり方次第で集客力を高められる「個の時代」が来ていると学ぶ。

 私は今、スカイツリーからさほど遠くないところに住んでいる。浅草も徒歩圏なので日々、インバウンドの凄まじさを肌で感じる。どこもかしこも外国人観光客だらけ。スカイツリーのモール「ソラマチ」では、気が付けば周囲はほぼ外国人という瞬間すらある。

 昭和な個人店舗や家屋の中に小綺麗な新築住宅が入り混じる押上の街のなかで、スマホを通じた「マーケティング」の威力を実感する機会多い。たとえば昔ながらの店構えのお寿司屋さんの入り口には「CASH ONLY」の貼り紙が目立つようになった。

 クレジットカードを使おうとする観光客が増えているのだろう。「PayPay OK」と併記しているのを見ると、「そこはできればApple Payだろうな」とちょっと笑ってしまう。

 ウェブサイトなどあるはずもない現金オンリーのお店に外国人が押し寄せているのはGoogle Mapなどの影響だ。近所の店の評価を覗いてみると、英語の絶賛レビューが並んでいる。

 それはそうだろう。地元民向けのリーズナブルな店でもクオリティは高く、ロンドンならお1人様150~200ポンド(3~4万円)はかかるSushiが食べられる。海外で目玉が飛び出るほど高いSakeをじゃんじゃん頼んでも、せいぜい1万円でおさまる。

外国人女性に「ちょっと待った!」

漫画インベスターZ 11巻P51『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 昨年の秋、そんな地元店で娘と一緒に寿司をつまんでいてちょっとしたハプニングに出くわした。入店してきたのは30~40代の女性の一人客。背中に大ぶりの綺麗なタトゥーが入っていた。

 カウンターに座ったはいいが、案の定、彼女は日本語が分からず、お店の老夫婦は英語が全くダメ。どうにかこうにか現金払いオンリーと伝わると、女性が「OK、ATMを探してくる」と立ち上がった。思わず「ちょっと待った!」と声をかけた。住宅街で、近くにATMなどないのだ。

「ユーロかドルは持っていないか」と聞くと、彼女が差し出したのは100ユーロ札。スマホでレートを検索すると1ユーロ158円だった。1万6000円を渡すと、彼女が「ダメダメ!」と1000円返してきた。

 そんな次第で、手元には含み益2000円ほどの100ユーロ札がある。もっとも、向こうはキャッシュレス化が進んでいるし、こんな高額紙幣、現地ではよほどの高級店でしかほぼ受け取ってもらえない。次にユーロ圏に行ったとき、どう散財するか、悩みどころだ。

 日本人はつくづく良心的だなと感心するのは、そうしたお寿司屋さんが店内に張り出している外国人向けのコースメニューが観光客向け価格になっていないこと。5割増しでも先方は「格安!」と思ってくれるだろうが、地元民と同じ価格で提供している。

 押上周辺を観察しているだけで、お寿司屋さんに限らず、カフェやレストラン、ケーキ屋さん、ビリヤード場まで、スマホ経由で「発見」されることで、文字通り、世界中の外国人客を集客できている。誠実でユニークな「小商い」の生き残る場所は増えていると感じる。

漫画インベスターZ 11巻P52『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 11巻P53『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク