【高波の恐怖】高波にさらわれ、木にしがみついて一晩を過ごす
――あと、海で怖いのは、波にさらわれることです。警察庁の発表によると、水難事故にあうのは海で泳いでいるときよりも、浜辺で水遊びや魚釣りをしているときのほうが多い。つまり、岸にいるからといって、まったく安心はできないわけですね。
今泉:そうそう。ボクも一度、高波にさらわれたことがあったよ。高知県の足摺岬でニホンカワウソの調査をしていたとき、沢から海に出てくるカワウソを待ってたの。
――え、カワウソが海に? じゃなくて、高波にさらわれたんですか!?
今泉:カワウソって、川に魚が少ないときは、海で漁をするんですよ。それで夜中に、海を背にして浜で、カメラを構えて出てくるのを待っていたんだ。そしたら「ゴオオオッ」って地鳴りみたいな音が後ろから聞こえてきて、何だろうと振り返ったら、白く泡立った波が頭の上に見えた。
――「頭の上」というのが絶望感ありますね。
今泉:見た瞬間、前に走ったけど、すぐに波に飲まれました。で、一瞬フワって体が浮いた後、ものすごい力で沢のある崖のほうへビューンって運ばれた。「カメラがダメになる!」って焦ったね。ただ、運がよかったのは、崖にたたきつけられる前に、転がっていた大きな岩の間にすっぽり体がはさまったんです。そしたら今度は強烈な引き潮になったんだけど沖まで流されずに済んだ。その後、「第2波がくるかもしれない」って思って、怖くなりました。
――心配の順番がおかしい……。
今泉:もう、そっから必死に崖を登って、5mくらいの高さにあった松の木の上で夜を明かしましたよ。夜の海って、真っ暗で何も見えないからね。
【沖に流されたら……】泳がないほうが、救命率は上がる
――今泉先生は、たまたま岩に引っかかって助かりましたが、沖まで流されてしまった場合は、どうすればいいんでしょうか?
今泉:これは真面目な話、泳がないことです。水の流れに身を任せる。
――えっ!? 泳がないと、漂流してしまいませんか?
今泉:海岸を見ればわかるけど、どこもゴミが打ち上げられているじゃないですか。浮かんでいれば、いずれは浜に戻るんです。それよりも、無理やり泳ぐほうが危険ですね。
――確かに、離岸流(岸から沖に向かう海水の流れ)に逆らうのは、水泳のオリンピック選手でも無理だと言われています。
今泉:下手に泳ぐと体力を消耗するし、体温を奪われて動けなくなっちゃうんだよ。熱いお風呂に入ったときって、じっとしていると慣れるけど、動くと熱いでしょ? あれは体とお湯の間に、「境界層」っていう薄い膜ができるからです。海に入ったときも同じで、動くと膜が破れて冷たい海水にさらされ続けるから、低体温症になりやすい。
――その結果、浮かぶ力もなくなって、溺れてしまうわけですね。
今泉:そう。『いのちをまもる図鑑』にも書いてあるけど、ライフジャケットを着ていなかったら、「背浮き」をして救助を待つのが賢明です。顔を上に向けて手足を広げて、海の上に大の字で寝っ転がるようにすると、浮きやすくなる。服や靴にも浮く力があるので、脱がないほうがいいです。
――常に準備万端というわけにもいきませんから、そうなるとこうした知識があるかないかで、生存率もかなり変わってきそうですね。
今泉:うん。危険生物もそうだけど、とにかく「最初にパニックにならない」。これが生死を大きく分けます。そのためには、正しい知識を得ておくことが大切です。『いのちをまもる図鑑』みたいな本は、転ばぬ先の杖なんですね。「こうすれば大丈夫」という確信があれば、ピンチになっても冷静さを保てますから。
東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。国立科学博物館で哺乳類の分類学・生態学を学ぶ。文部省(現文部科学省)の国際生物学事業計画(IBP)調査、環境庁(現環境省)のイリオモテヤマネコの生態調査等に参加する。上野動物園の動物解説員を経て、現在は東京動物園協会評議員。『ざんねんないきもの事典』シリーズ(高橋書店)や『わけあって絶滅しました。』シリーズ(ダイヤモンド社)の監修もつとめる。
※本稿は、『いのちをまもる図鑑』(監修:池上彰、今泉忠明、国崎信江、西竜一 文:滝乃みわこ イラスト:五月女ケイ子、室木おすし マンガ:横山了一)に関連した書き下ろし記事です。