日本企業に存在する
他国よりもやっかいなダブルバインドとは

 さまざまな国の企業や組織の方々と一緒に仕事をしてきて感じるのは、おそらくどこの組織でも特有のダブルバインドが存在しているということです。例えば、人種差別や男女差別は禁止というメッセージが強く出ているにもかかわらず、実際の採用活動では色濃く人種差別や男女差別の慣習が残っていたります。

 日本での慣習が厄介なのは、他国より強い「本音と建前」「空気を読む」文化が前提となったさまざまなダブルバインドが組織内に存在していることです。

 例えば、「組織の一人ひとりがリーダーシップを発揮しなさい」と言われて独自の動きをすると、「バカ! チームワークという言葉を知らんのか!」と怒られたり、また「チームワークが第一」というメッセージに従って発言を控えたり、協調性を重視していると、人知れず出世が同期から遅れていたり。日本の組織で出世するには、この本音と建前のバランスを理解して空気を読み、振る舞うことが重要だった(もしかしたら現在も)と思います。

 こうした日本的な慣習に加え、心理学の世界の考察では、ダブルバインドな状況が続くことによって、さまざまな兆候が出てくると言われています。その一つが、言葉に表現されていない言外の意味を捉えようとする、というものです。これに当てはまるのが、「リスキリングはリストラの道具である」という勘違いです。私が認識している限り、リストラ目的で「リスキリングしなさい」と言っている会社はありません。

 あくまでも組織の新しい施策を担う、企業の成長事業を支える人材になってほしいという意味からリスキリングの必要性について言及しているのです。ところが、「根強くリスキリング=リストラの道具」という疑念を持つ人がいるのです。

(3)リスキリングしろというメッセージをどう受け止めるか

 働く個人の視点で組織からすすめられるリスキリングをどのように捉えるべきでしょうか。残念ながら、もうこれから給与も上がらない役職定年、そして定年を迎えて再雇用で3割から4割の給与カットとなることが、一般的に組織から用意されている環境です。活躍できる場が用意されているというより、義務である65歳までの雇用維持だけが目的の措置のように見えます。

  働く個人の視点で捉えれば、頑張ってもこれから待遇面でよいことが期待しづらいため、やる気がなくなって当然です。人によっては、退職金を満額もらえるまで会社に残り、住宅ローンを完済することが目的になってしまっても不思議ではありません。

 一方でこのメンタリティの状態なのに、組織からは「まだまだ頑張れ! 新しいことを学べ! リスキリングをしろ!」と言われているわけです。正直な気持ちとしては、「リスキリングしていいことあるの? やってもいいことがない、やってもやらなくても給与も役職も変わらないなら、やる必要ないでしょ」という反応になりますよね。

 さらに、日本のリスキリングの捉え方では、就業時間内に取り組むことが許されず、個人の自助努力によってリスキリングしなさい、という状態です。組織ではもう前向きな未来がないのに、自分の帰宅後の時間や週末を使ってリスキリングをしなさい、と言われて、「はい、やります!」という恐ろしく前向きな人はどれくらいいるのでしょうか。

 このダブルバインドな状態は、残念ながら、しばらく続くことが予想されます。海外のデジタル先進国では「組織が就業時間内に業務としてリスキリングの機会を提供する」ことが通常であるため、私も2018年からそういった成功事例をもとに日本でリスキリングを広める活動を始めて現在に至るのですが、なかなかこの、「個人が自由時間に自助努力で(学び直す)」という認識が改まりません。