ひとくちにリーダーといっても、社長から現場の管理職まで様々な階層がある。抱えている部下の数や事業の規模もまちまちだ。自分の悩みが周りと同じとは限らず、相談する相手がいなくて困っている人も少なくないだろう。そんなときに参考になるのが、ゴールドマン・サックスなどの外資系金融で実績を上げたのち、東北楽天ゴールデンイーグルス社長として「優勝」と「収益拡大」をW達成した立花陽三さんの著書『リーダーは偉くない。』だ。本書は、立花さんが自身の成功と失敗を赤裸々に明かしつつ、「リーダーシップの秘密」をあますことなく書いた1冊で、「面白くて一気読みしてしまった」「こんなリーダーと仕事がしたい」と大きな反響を呼んでいる。この記事では、同書の一部を抜粋して紹介する。
「落ち着きがない」ことは美徳である?
「フットワークが軽いね」
僕は若い頃から、よくそんなふうに言われました。
「フットワークが軽い」と言うとポジティブな印象ですが、別の人には、「君は落ち着きがない」と叱られたりもするわけです。表現の違いはあれ、僕が一箇所にじっととどまっているのが苦手で、「面白そう」「なんだあれ」と思うと、その現場に行かずにはいられない性格なのは間違いありません。
そして、僕はリーダーとして、この性格に助けられてきたと思っています。
というのは、経営の「答え」は現場にあると信じているからです。教えを受けたい人がいたら、あらゆるツテを頼って会いに行って、直接面と向かってお話を聞く。あるいは、気になる場所や出来事があったりすれば、フットワーク軽くどこへでも足を運んで、自分の目で見て、耳で聞いて、触ってみて、匂いを嗅いでみる。
このように、自分の身体全体で体験してみるからこそ、本当の意味で「考える」ことができるように思うし、自分なりのユニークな「答え」に辿りつけるような気がするのです。しかも、「理屈」で考えたことではなく、「身体全体」で考えたことだからこそ、「これでいこう!」と腹が座る。それは、リーダーにとって重要なことではないかと思います。
たとえば、ウィンター・ミーティングへの参加もそうでした。
ウィンター・ミーティングとは、メジャーリーグとマイナーリーグの全チームの代表、オーナー、GM、監督、スカウトなどのほか、選手の代理人やスポーツメーカーなど、プロ野球に関係するあらゆる人物・組織が参加して、毎年12月頭に開催される一大イベントです。
そこで、リーグ全体の運営課題についての話し合いや、選手の去就やトレードなどの交渉が行われるほか、スポーツメーカーをはじめとするさまざまな企業が、球団経営に資する自社商品を出展したりするわけです。
もちろん、僕が楽天野球団に入った当初は、ウィンター・ミーティングの存在など知りませんでした。
しかし、社長就任後しばらくすると、スカウト部長だった安部井寛さん(現・日本野球機構野球運営本部長)が、「ウィンター・ミーティングというのがあるんですが、社長もいらっしゃいますか?」と声をかけてくれました。「何それ?」と聞いて詳しく教えてもらうと、めちゃくちゃ面白そうなので、「行く、行く」とほとんど二つ返事で参加を決定しました。
だって、プロ野球の本場であるアメリカの経営者たちに直接会えるかもしれないんですよ? 球団経営の“ど素人”である僕が教えを乞うには、これ以上の人たちはいません。
しかも、大ヒット映画『マネーボール』のモデルとなったGMであるビリー・ビーン氏も参加すると言います。データ分析を駆使しながらチーム強化を図って、大きな成果を挙げた彼の話もじっくり聞いてみたかった。
そう考えると、もういてもたってもいられない。メジャーリーグの球団社長やビリー・ビーン氏などのアポをどんどん取ったうえで、アメリカはナッシュビルのウィンター・ミーティングの会場に乗り込んだのです。
当事者の「生の声」こそが大切である
収穫はたくさんありました。
なにしろ、スポーツ・ビジネスの最先端を走るメジャーリーグの経営者などに直接話を聞けるのですから、ほとんど日本のプロ野球しか観てこなかった僕には、「驚き」と「発見」と「納得」の連続。そうした情報は、雑誌や書籍などからも吸収することはできますが、本人たちの生の声を聞けるうえに、質問もできるわけですから、得られる情報の「質」と「量」が桁違いなのです。
驚いたのは、彼らがびっくりするほどオープンであることでした。
日本ではまず部外者に見せないような経営データなども、拍子抜けするほど簡単に見せてくれました。おそらく、彼らは情報を囲い込むことで自社を守るという発想ではなく、お互いに情報をオープンにしながら、新しいアイデアを生み出すことにおいて競い合っているのだと思います。それは、非常に建設的なビジネス環境であるように、僕には感じられました。
ウィンター・ミーティングではさまざまなことを学びましたが、特に興味深かったのは、チーム強化のためのデータ管理の手法に関する情報でした。
というのは、僕が入社する前から、楽天野球団はチームに関するデータを蓄積・分析するためのシステムを構築する計画を立てていたのですが、僕の目には、発注先のシステム会社に“丸投げ”しているように見えたため、いったん、そのプロジェクトを中止するという決断をしたばかりだったからです。
そんな僕にとって、ビリー・ビーン氏をはじめとする、大リーグの最先端を走る人々から、どのようなデータを取って、そのデータをどのように管理しているかについて、詳しい話を聞けたのは非常に大きな収穫でした。
「人脈」がアイデアをもたらしてくれる
それだけではありません。
ウィンター・ミーティングに参加したことで、大リーグをはじめとするアメリカのスポーツ・ビジネスの人脈を得られたことも非常に大きかった。
さまざまな経営者やGM、監督などとの関係性ができると、「シーズンが始まったら、球場を見学に行ってもいいか?」と頼めば、「もちろんOKだ。いつ来る?」などとフランクに対応してくれるし、「○○の話も聞いたほうがいいぞ」などと面白い人物を紹介してくれたりもします。
その後、僕は折りに触れてアメリカを訪問して、プロスポーツの重要人物と会ったり、球場をはじめとする現場を見て回ったりして、どんどん「質」の高い情報を吸収してきましたが、その最初のきっかけを与えてくれたのはウィンター・ミーティングだったのです。
そして、何度も訪米して、さまざまな球場を見て回ったり、スポーツ・ビジネスの人脈を深掘りしたりするうちに、プロスポーツの最先端のトレンドを肌感覚で理解できるようになっていきました。
たとえば、アメリカの球場は「野球を観る場所」としてだけ存在しているわけではなく、「ボール・パーク(Ball Park)」として捉えるのが当たり前になっていました。球場の周辺を公園として整備して、そこでバーベキューをやったり、子どもたちが野球をして遊んだり、みんなが思い思いに楽しんでいるわけです。
それをさらに発展させ、遊園地や商業施設、宿泊施設などを球場と一体的に整備することで、まったく新しい“街づくり”を行う球団も出現。それまでの球団経営とは次元の違う取り組みが始まっていたのです。
世界初の「アイデア」が生まれた理由
それに刺激を受けた僕は、楽天野球団としても何かできないかとずっと考え続けていました。そして、さまざまな情報を集めながら、社内で何度も議論を重ねるなかで、あるアイデアに辿りつきました。
「観覧車」です。
楽天球場のレフトスタンドには、「楽天山」と呼ばれる盛り土があり、小さな子どもたちが遊んでくれたりはしていましたが、それ以上のことはないまま放置されていました。ここに「観覧車」を置いたら面白いんじゃないかと思ったのです。
しかも、「楽天山」のうえに設置すれば、観覧車から球場全体を見下ろすことができます。かつてない「観戦体験」を提供することができるわけで、きっとお客さまも喜んでくださるはず。アメリカの本格的なものには及びませんが、それも立派な「ボール・パーク」だと考えました。
そして、全国をくまなく探し回った結果、閉園することが決まっていた仙台ハイランドから、4人乗りのゴンドラ16台を備える「観覧車」を安く譲り受けることが決定。三木谷オーナーの後押しもあり、アスレチックやメリーゴーラウンドも併設した、無料で楽しめる「遊園地」としてオープンすることにしました。
このプランを江崎グリコ株式会社の江崎悦朗社長(当時専務)にご説明したところ、「被災地の皆さまの憩いの場になるのであれば」と協賛してくださり、2016年5月3日に「スマイルグリコパーク」として営業開始。お子さまのいるご家族はもちろん、数多くのお客さまが「観覧車」をお目当てに球場に足を運んでくださるようになりました。
また、この「観覧車」が楽天球場の際立ったランドマークになったことで、単なる球場ではなく、行くだけで楽しい場所ーーまさに「ボール・パーク」ーーという印象を多くの方々にもっていただけたように思います。
しかも、野球場の敷地内に本格的な「観覧車」を常設するのは、日本はおろかメジャーリーグのスタジアムでも初めての事例でしたから、多くのメディアも積極的に取り上げてくれました。こうして、球団のPRとしても大きな成果をあげることができたのです。
「行動」しなければ、何も始まらない
このように、僕たち楽天野球団は、いろいろなアイデアを実行してきましたが、そのきっかけのひとつとなったのは、社長就任直後のウィンター・ミーティングへの参加でした。
あのとき、フットワーク軽くウィンター・ミーティングに乗り込むという「行動」を起こしたからこそ、アメリカでの人脈が広がり、日本では得られない「アイデア」に刺激を受けることができたのです。
もちろん、アメリカで成功したことが、日本でも成功するとは限りませんが、世界最先端のスポーツ・ビジネスの動きを肌で感じることで、自分の「思考」を飛躍的に広げることができたと実感しています。そして、そのことによって、他にはない「アイデア」も自然と生まれるのだと思うのです。
だから、僕はこう考えています。
リーダーは、まず「行動」することが大事。「行動」することで、さまざまな「刺激」を受け、その結果、自然と「思考」も深まっていくのだ、と。その意味で、僕は子どもの頃に「落ち着きがない」とよく叱られましたが、「落ち着きがない」ことはビジネスパーソンにとって武器になると思うのです。
(この記事は、『リーダーは偉くない。』の一部を抜粋・編集したものです)