日本に今こそ問われる
持続可能な観光産業の成長

 人類は歴史を通じて、生きるために移動を続けてきました。初期の人類は食料や水を求め、狩猟採集生活を送りながら移動し、農耕社会に移行してからも肥沃な土地を求めて新たな場所へ移り住みました。こうした移動は生存のためのものであり、生活に必要な資源を得るためのものでした。

 今日では、生きるための移動に加えて、体験を求める移動が増えています。観光はその最たる例です。人々は異なる文化や歴史、自然の美しさを体験するために世界中を旅します。これにより、旅行は単なる移動手段から、自己実現や学びの機会、楽しみを得るための行動へと進化しました。

 しかし、この体験を求める移動は、訪問先の住民にとって必ずしも良い体験をもたらすわけではありません。観光客による経済的な恩恵も確かにありますが、その一方で、生活環境の悪化や地域の文化や自然環境の破壊といった負の側面も無視できません。観光客が押し寄せることで、地元の住民は日常生活に影響を受け、住環境が悪化することがあります。観光地の物価上昇や騒音、ゴミの増加などは、住民の生活の質を低下させる原因となります。

 オーバーツーリズムは、まさにこのバランスが崩れた状態を示しています。観光客が増えすぎることで、地域社会の負担が増大し、住民と観光客の間に摩擦が生じます。観光産業の成長を追求することは一見魅力的ですが、持続可能な形で成長を続けることは容易ではありません。観光地が持つ収容能力や住民の生活環境を考慮しない無制限な成長は、最終的には観光地自体の魅力を失わせる結果となりかねません。

 日本が観光立国を目指すことは意義のあることですが、他の産業と異なり、観光業を右肩上がりの成長産業として考えるのは現実的ではないかもしれません。それでも、従来の主要産業が弱体化する中で、観光産業を軽視するわけにもいきません。この難しい局面において、私たちは何を目指すべきかを再考する必要があります。

 日本の観光については国や自治体だけでなく、国民全員がその未来を考えるべき時です。観光地の魅力を守りつつ、地域社会と共存する持続可能な観光の在り方を模索し、観光産業が真に地域にとって価値あるものとなるよう努力することが求められます。観光がもたらす可能性を理解しつつも、その陰に潜む課題を忘れず、我々ひとりひとりが考えていくことが重要でしょう。

(クライス&カンパニー顧問/Tably代表 及川卓也、構成/ムコハタワカコ)