眠りをまったく必要としなかったとされる人間については、興味深い逸話がいくつか残っている。フランス生まれのアメリカ人アル・ハーピンは1947年に94歳で永遠の眠りについたが、人生最後の数十年間はこれっぽっちも寝ていないと主張していた。

 ハンガリーの兵士パウル・ケルンは第一次世界大戦で頭に銃弾を受け、以後の40年間は眠ることができなかったといわれている。催眠術や睡眠薬やアルコールの力を借りてもだめだったらしい。この手の話はほかにもいろいろあって、どれもそれぞれの時代には広く話題になって信じられていたものの、現代の科学者からは強い疑念を向けられている。

11日連続眠らなかった高校生は
中高年になって深刻な不眠症に

 近年の事例では、人間が覚醒したままでいる最長記録が1964年のスタンフォード大学で樹立されている。これは科学的に厳密な環境で確認されたもので、被験者となった高校生のランディ・ガードナーは11日連続で眠らなかった。

 その間は徹底的に監視され、自分でも気づかぬうちにマイクロスリープ〔瞬間的にごく短いあいだ眠りに入ること〕に陥っていないかがチェックされた。結局、不眠のあいだもまあまあ正常に活動できたものの、認知機能には明らかな低下が認められた。

 実験後、ガードナーは14時間爆睡し、次の晩も10時間寝て、以後は正常な状態に戻ってどこにも変わりはないかに見えた。ところがそうはいいきれなかったようである。その後、何十年もしてからガードナーは深刻な不眠症に悩まされ、それを若気の至りの「因果応報」だと自ら語っている。

11日間「眠らず起き続けた」高校生→数十年後に襲った病とは?『この世からすべての「ムダ」が消えたなら:資源・食品・お金・時間まで浪費される世界を読み解く』(白揚社) バイロン・リース/スコット・ホフマン 著 梶山あゆみ 訳

 ある種の病気のせいで睡眠に支障をきたすこともあり、なかには死に至るケースもある。まるでホラー小説から抜けだしてきたようなプリオン病という病気の場合、患者は脳にプリオンが感染して致死性の不眠症にかかる。

 プリオンとは、折りたたみ構造の異常なタンパク質のことで、さまざまな症状をひき起こすと考えられている。発症から4カ月のあいだ、不運な患者は不眠が高じてパニック発作や妄想をきたす。次の5カ月間には幻覚が現れる。しまいには急速に体重が減少するとともに、認知症を発症し、ついには息絶える。発症から死亡まで普通は1年半程度である。

 致死性の不眠症ほど重篤ではないにせよ、睡眠不足が続くとあらゆる人にダメージが及ぶ。睡眠不足から来る疲労は、エクソン・バルディーズ号の原油流出事故からチョルノービリ原発(かつての呼称はチェルノブイリ原発)の事故まで、数々の大惨事の一因になっていると考えられている。