三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第119回は「住宅価格の高騰」「家賃の急上昇」への備えを語る。
「普通の給料では払えない」ロンドンの狂乱家賃
投資部メンバーは不動産市場の歴史を振り返る。鉄道・住宅・金融を組み合わせたビジネスモデルが借家中心からマイホーム主義への転換をもたらしたものの、不動産価格の上昇はバブルの崩壊で終わり、日本人の「土地神話」は終わったと学ぶ。
バブル崩壊で土地神話が終わったのは確かだろう。だが、今ふたたび東京中心部の地価やマンションは騰勢を強めている。アベノミクスを起点とした大規模な金融緩和の余熱の感が強いとはいえ、購入・賃貸ともに都心とその周辺の物件は庶民には手が届かないレベルに達しつつある。
日銀が利上げを続けて「金利ある世界」に戻ればバブルは終わるという見方はあるものの、普通の稼ぎでは払えないところまで家賃が上昇してしまう危惧は残る。本来、家賃は需要と供給のバランスで決まるものであり、借り手が払えないようなレベルに上がるはずはない。だが、理屈通りにいかないのがマーケットの怖さだ。
私がそれを肌で感じたのはロンドン駐在時のことだった。中心部のオフィスまで地下鉄で30分ほどの郊外で借りたのは3ベッドルームのごく普通の一軒家。家賃は月2700ポンド、当時のレートで40万円弱だった。
駐在員は会社が家賃を負担してくれるから何とか住めたけれど、現地スタッフはもっと遠方で家を探すしかないようだった。日本とは比べ物にならないくらい鉄道の信頼性が低いので、通勤時間の長さ以上に不便さの負担は大きい。
当時ですら普通の給料ではとても払えない家賃だったのに、最近不動産仲介サイトで検索してみたら、当時住んでいたすぐ近所のほぼ同条件の物件の家賃は月3300ポンドまで値上がりしていた。6年間でポンドベースでは2割、円換算では60万円強と5割ほど値上がりした計算だ。家賃に連動して物件価格も上昇しているのは想像に難くない。
家賃・不動産価格の高騰にどう備える?
そんな破格の家賃がまかり通るのは、まずはそれでも借りられる人がいるからだ。駐在員など社用族だけでなく、ロンドンには世界の富裕層が集まる。現地のイギリス人の金銭感覚から外れた借り手が相場を押し上げる。
ヒトだけでなく、カネの流入も曲者だ。ロンドン中心街の超一等物件は世界中のアングラマネーがマネーロンダリング目的でとんでもない高値で買い上げている。長年住宅不足が叫ばれているのに、一部の超高級住宅街では夜に灯りもともらない「空き家」が目立つ。住むつもりもないのに投機目的で買う投資家の多さを物語る。
ロンドンほどの狂乱レベルに達するとは思わないが、海外からの投資規制が緩い日本の不動産市場は、投機マネー主導で日本人の「常識」を超えた家賃・物件価格の上昇を招き寄せてしまうリスクをはらんでいる。
1990年代後半以降、消費者物価ベースの家賃は下落が続いてきた。今年に入り、それもついにプラス圏に浮上した。日本は借り手の法的権利が極めて強く、家賃が急上昇することはない。だが、ちょっと調べれば家賃相場が一昔前より上がっているのに気づく。
私個人としては家賃・不動産価格高騰リスクにはふたつのヘッジをかけている。
ひとつは前回、前々回の当コラムで触れた中古マンションの保有。もうひとつはREIT(不動産投資信託)への投資だ。REITの分配金(株式の配当金に相当)は家賃に連動する。長期運用の投資資産に一定程度組み込んで「景気が悪くて株価はイマイチなのに家賃だけ上がってしまう」というリスクに備えている。