摂取した食べ物が消化・吸収されて私たちの体の一部になることは、現在では当然のこととして知られています。ただ、胃や小腸、そして大腸にどのような機能があるのかについて明らかになったのは、19世紀に入ってからでした。それ以前は、たとえば胃は単に石うすのようなもので、食べ物をすりつぶす機能しかないと考えられていたのです。
1822年に起こった痛ましい事故が、胃腸の機能を明らかにするきっかけとなりました。
アメリカの五大湖の1つヒューロン湖に浮かぶマキノー島は、当時、毛皮交易における重要な拠点でした。この毛皮の取引所で散弾銃の暴発が起こり、18歳の毛皮商人アレクシス・マーティンの腹部に散弾が当たってしまいました。近くにいた医師ウィリアム・ボーモントが駆け付けたところ、マーティンの左上の腹部に開いた穴の中を覗くと胃が見え、胃には指の太さぐらいの穴が開いていました。
マーティンは一命を取り留めましたが、銃創の傷が完全にふさがることはなく、圧迫帯で穴の部分を押さえつけていないと、穴から食べたものが漏れ出るようになってしまいました。事故によって、現在でいう胃ろう(口から食べ物を摂取できなくなった人が直接、胃に栄養を入れるための穴)のようなものが偶然できてしまったのです。
負傷したマーティンは、毛皮商人として仕事をすることができなくなったため、住み込みの雑用係として、医師のボーモント一家と暮らすことになりました。胃ろうのあるマーティンに協力してもらえば胃の機能を調べられると思ったボーモント医師は、本人の承諾を得てさまざまな実験を行いました。
例えば、煮込んだ牛肉、生の赤身肉、パン、生のキャベツなどを絹糸にくくりつけ、胃の穴からそれらの食べ物を入れて、どのように消化されるのかを観察したのです。
喜怒哀楽によって
胃の消化機能が大きく変化
胃に食べ物を入れてから1時間後、絹糸を胃から引き出して観察したところ、キャベツとパンは半分ほど消化されていましたが、煮込んだ肉片や生の肉片はほとんど消化されていませんでした。