唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊された。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。
消化管の「弱み」
意外に意識されないが、「食べ物の通り道」は口から肛門まで一本道である。何らかの手術を受けた人を除けば、途中に「迂回路」は全くない。
食べ物の通り道を「消化管」と呼ぶが、長さはぜんぶで9メートルもある。食道は約25センチ、胃は20~30センチと短いが、小腸は約6~8メートル、大腸は約1.5~2メートルとかなり長い。
これだけ長い道のりが全て一本道であるというのは、人体にとって厄介な「弱み」になる。たった1箇所でも交通事故が起これば、途端に大渋滞が起こり、逃げ道は一切なくなるからだ。
医療の現場では、こうした「大渋滞」をしばしば経験する。特に、二人に一人ががんになると言われる今の時代、がんによって一本道が塞がってしまうケースは多い。
例えば、胃の出口にがんができ、食べ物が全く通らなくなることがある。この状態を「幽門狭窄」と呼ぶ。「幽門」とは胃の出口のことだ。
「大渋滞」と「通行止め」
あるいは、大腸にがんができ、便が詰まってしまうことがある。これを「腸閉塞」と呼ぶ。いずれも、迂回路を持たない消化管が、たった1箇所詰まっただけで起こる事態である。
また、内臓にできたがんがお腹の中にこぼれ落ち、たくさんのがんの粒が広がってしまうことがある。これを「腹膜播種」という。「播種」とはその名の通り、「種を播く」ようにがんが広がることだ。胃がんや大腸がんのほか、膵がんや卵巣がんなど、様々な臓器にできたがんが原因で起こる事態である。
お腹の中にできたがんの粒は、小腸や大腸に食いついて大きくなり、通り道を狭くしてしまい、これが腸閉塞の原因になることもある。
こうした「大渋滞」が起こると、食欲はなくなり、行き場をなくした食べ物は逆流し、嘔吐が起こる。飲み食いしたものだけでなく、消化管の壁から分泌される消化液も渋滞の原因になる。行き先が「通行止め」になっているとはつゆ知らず、体は次々と消化液を分泌するからだ。
こうした事態に、医療はどのように対応しているのだろうか。もちろん、その対処法は病状によってさまざまだ。
例えば、バイパス術を行うこともあれば、「通行止め」の上流で人工肛門を作ることもある。前者は、通行止めの場所を迂回する新たなルートを作ること、後者は、高速道路の通行止めの手前に新たな出口を作ることを意味する。いずれも、手術によって行う治療である。
また、大腸ががんで詰まった時、内側から金属の網(ステントと呼ぶ)を使って押し広げる治療法もある。これは、交通事故を起こした車両を無理やり道路脇に押しやり、中央に通り道を作ることを意味する。
いずれにしても、消化管が持つ「一本道」という弱点を克服するため、医学はさまざまな治療法を生み出してきたのである。
(※本原稿はダイヤモンド・オンラインのための書き下ろしです)