そこで、再び肉を胃の中に戻して1時間後に観察したところ、煮込んだ肉片は消化されていましたが、生の肉片は全く消化されていませんでした。また、パンを口から飲み込ませると、胃の内部はピンク色から鮮やかな赤色に素早く変化し、胃から液体が一気に吹き出すことを確認します。そしてこの液体が、煮込んだ肉片を素早く溶かすことを発見しました。

 ボーモント医師は、世界で最初にヒトの胃の中で起こる消化反応をリアルタイムで観察することに成功したのです。1825年のことでした。

 さらに興味深い発見もしました。マーティンが怒ると、胃の色がピンク色から青白い色へと直ちに変化し、肉を消化する時間が、機嫌のよいときよりも2倍以上もかかったのです。これは、喜怒哀楽といった情動によっても胃の消化機能が大きく変化することを世界で初めて確認した出来事でした。

 ボーモントはこれらの観察結果から、胃の機能は食べ物をすりつぶすのではなく、「食物と胃から出る液体とを混合して、均質なかゆ状の液体を作り出すこと」だと考えました。その後、胃から吹き出す液体、つまり胃液には、タンパク質分解酵素であるペプシンが含まれていることが発見されたのです。

 さて、ボーモントの実験から約120年後の1947年、アメリカのダートマス大学のトーマス・アルミーは、敵意や攻撃的な態度を相手に取られてストレスを感じている場合、結腸の蠕動運動が活発になることを発見しました。

他の臓器では見られない
腸の「ある特徴」とは

 一方、無力や絶望を感じているような状況では、逆に結腸の蠕動運動が緩慢になりました。つまり、怒りや不安、そして安心といった情動がかき立てられるような出来事が起こると、腸の活動が変化することを見出したのです。

 ボーモントの発見が発端となって、ストレスや情動によって胃や腸のはたらきが大きく影響を受けているということがわかってきました。しかし、ストレスや情動といった脳で処理された情報がどのようにして胃や腸のはたらきを調節するのか、その詳細な調節機構については、まだ明らかになっていませんでした。

 さて次に、腸には他の臓器では見られない「ある特徴」があることを紹介しておきましょう。