三菱重工業は12月18日、泉沢清次社長の後任に最高技術責任者(CTO)の伊藤栄作氏が就く人事を発表した。技術部門の社長は2代連続となる。この人事には「二つのサプライズ」があった。同社の社長人事は年明けに発表されるのが通例だったが、今回は年末に公表された。さらに、水面下では伊藤氏とは別の幹部が次期社長として有力視されていたのだ。防衛特需と主力のガスタービンが好調で、業績が絶好調の重工最大手。そのトップ人事の舞台裏を明らかにする。(ダイヤモンド編集部 井口慎太郎)
季節外れの役員人事
社長レースを制したのは伊藤氏
12月18日午後3時半。三菱重工業は「役員人事の件」と題したプレスリリースを発表した。2019年に就任した泉沢氏は就任6年目。歴代社長の在職がおおむね5年ほどであることから、関係者の間では交代が近いのではないかとささやかれていた。
ただ、これまでは4月に交代する役員人事は1月下旬か2月に発表することがほとんどだった。予想より早い発表に、この日は社内でも驚きの声が上がった。
この点について同社の関係者は「12月18日の取締役会で人事案が承認されたので、特に周知を遅らせる理由もない。速やかに公表することにした」と説明する。
発表から2時間後。代表権のない会長職に就くことになった泉沢氏と伊藤氏が並んで記者会見に臨んだ。今年4月以降に25年度の体制を構想し始め、秋以降、本格的に社長交代の議論が加速。12月に入ってから初めて泉沢氏から伊藤氏にトップ昇格の打診があった――。会見では、そうした一連の経緯が明かされた。
伊藤氏とはどのような人物なのか。鳥取県出身で、東大工学部を卒業後の1987年に三菱重工に入社した。今でこそ我が世の春を謳歌(おうか)する重工業界だが、当時は祖業の造船部門が凋落(ちょうらく)するなど不況に見舞われていた。だが、「ガスタービンの研究をしたい。当時は他に国内で自主開発をしている会社がなかった」。迷わず三菱重工の門をたたいたという。
その経歴はまさに技術一筋だ。学生時代の志の通りにガスタービン部門の研究開発に長く従事。思い出に残った仕事には、「1700度級ガスタービン」の研究を挙げる。19年には執行役員に昇格し、同世代のエースとして頭角を現した。
ただし、社長レースでは別の幹部の名前も挙がっており、秋ごろまではむしろその人物こそ「本命」とされていたのだ。
次ページでは、思わぬ逆転劇となった社長レースの内幕を明らかにする。