37万部のベストセラーとなった『「学力」の経済学』(中室牧子著)から早9年。教育分野にはすっかり「科学的根拠(エビデンス)」という言葉が根付いた。とはいえ、ジャーナリストや教育関係者が「科学的根拠」として紹介しているものには、信頼性の低い研究も多い。
そこで、中室牧子氏がみずから、世界で最も権威のある学術論文誌の中から信頼性の高い研究を厳選、これ以上ないくらいわかりやすく解説した待望の新刊が12/11に発売された。同著は発売6日にしてすでに3刷に達し、売れに売れている。
「勉強できない子をできる子に変える3つの秘策とは?」「学力の高い友人と同じグループになると学力が下がる」といった学力に関する研究だけでなく、「小学校の学内順位は将来の年収に影響する」「スポーツをすると将来の年収が上がる」といった、「学校を卒業した後の人生の本番で役に立つ教育」に関する研究が満載。育児に悩む親や教員はもちろん、「人を育てる」役割を担う人にとって必ず役に立つ知見が凝縮された本に仕上がった。
待望の新刊『科学的根拠(エビデンス)で子育て』の中から、一部を特別に公開する。

【エビデンスが示唆】「励まし方」や「褒め方」を変えたら、子どもの「やり抜く力」が伸びたPhoto: Adobe Stock

子どもの「やり抜く力」は伸ばせるのか?

 スール・アラン教授らは、子どもたちの「やり抜く力」を伸ばす教育プログラムの開発も手掛けました(*1)。

 ここでもアラン教授らは、さまざまな分野の専門家と協力して、やり抜く力を伸ばす教育プログラムを作り、担任教員が授業の中で使えるように、研修を行いました。

 しかし、これは本章で先に紹介した好奇心を伸ばすプログラム(第6回)とはいくぶん違っています。特定の科目の授業のやり方を変えるのではなく、子どもたちに対する励まし方や褒め方を変えるのが目的です。

 具体的には、教員が子どもたちに声をかけるとき、手を替え品を替え、以下の4つを繰り返すよう求められました。

子どものやり抜く力を伸ばすために、教員に求められた4つのポイント

ポイント1 目標を設定することが重要なこと
ポイント2 その目標を達成するためには、努力することが大切なこと
ポイント3 失敗や挫折を建設的に考えることが重要なこと
ポイント4 人間の能力というのは決して生まれつきのものではなく、努力によって変えられること

 これには一体、どのような意味があるのでしょうか。アラン教授らは、やり抜く力の強い人は「成長マインドセット」(*2)を持っていると考えていました。

 成長マインドセットとは「努力することで自分の能力を向上させることができると信じること」です。スタンフォード大学の心理学者、キャロル・ドゥエック教授が提唱したことで知られます。成長マインドセットを持つ人は、仮に失敗したとしてもめげずに、粘り強く取り組む傾向があることがわかっています。

 このプログラムは、教員の励まし方や褒め方を変えることによって、子どもたちのマインドセットを変えようとしたのです。

 研修を受けたあと、担任の教員たちは、子どもたちを褒めるときには、良い「結果」だけではなく、「努力」を褒めるようになりました。たとえば、テストで95点を取ったという結果だけではなく、毎日宿題をきちんと提出したことや、授業中にたびたび良い質問をしたことなどの努力を褒めたのです。

 このプログラムの効果を検証するため、アラン教授らは、トルコのイスタンブールにある公立小学校で2回の実験を行っています。

 1回目の実験では、教育プログラムの対象となる15校(処置群)と、ならない21校(対照群)をランダムに分け、比較しました。2回目の実験は別の学校で行われ、処置群8校、対照群8校を比較しました。

 やり抜く力を計測するには、標準的なアンケート調査を用います。2度の実験が終了したあと、処置群の子どもたちのやり抜く力が、対照群の子どもたちよりも高かったことがわかります(図1)。

【エビデンスが示唆】「励まし方」や「褒め方」を変えたら、子どもの「やり抜く力」が伸びた図1 学校で「やり抜く力」を伸ばす
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 アラン教授らは、アンケート調査だけでなく、本当に子どもたちの行動が変わったかを確認するため、難しい計算問題を解くとご褒美がもらえるというゲームを実施しました。

 すると、処置群の子どもたちは、たとえ解答を間違えたとしても、再び難しい問題にチャレンジし、最終的にゲームによって得られたご褒美の金額も多かったことがわかりました。

 さらには、この教育プログラムが終了してから2.5年後に行われた追跡調査で、処置群の子どもたちは、数学の学力テストの偏差値が2近くも高かったこともわかりました。つまり、ここでも非認知能力の向上は学力向上にもつながり、その効果は長期にわたって持続することが示されたのです。

参考文献
*1 Alan, S., Boneva, T., & Ertac, S. (2019). Ever failed, try again, succeed better: Results from a randomized educational intervention on grit. Quarterly Journal of Economics, 134(3), 1121-1162.
*2 Yeager, D. S., & Dweck, C. S. (2012). Mindsets that promote resilience: When students believe that personal characteristics can be developed. Educational Psychologist, 47(4), 302-314.

(この記事は、『科学的根拠(エビデンス)で子育て』の内容を抜粋・編集したものです)