自然災害から犯罪まで、子どもは日々、あらゆる危険に遭遇する。そうした危険から身を守る方法を紹介した書籍が池上彰総監修『いのちをまもる図鑑』(ダイヤモンド社)だ。
何が起こるかわからない人生、万一への備えが運命を左右することもある。本書は、すべての親子にとって必読の一冊だ。
今回は『いのちをまもる図鑑』の刊行を記念して、著者の滝乃みわこ氏とイラストエッセイスト犬山紙子氏の対談を行った。犬山紙子氏は『女の子が生まれたこと、後悔してほしくないから』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を発刊したばかり。ともに「子どもを守る」ことを徹底的に考え抜いて書かれた両書の著者に、その重要性について語り尽くしてもらった。
(構成/ダイヤモンド社・金井弓子)
子どもに告白する大人は「ダサい」
執筆者
著書に『やばい日本史』シリーズ(ダイヤモンド社)、『乙女の日本史』シリーズ(KADOKAWA)、『しろくまきょうだい』シリーズ(白泉社)、『こねこのすりすり』(パイインターナショナル)など。
犬山紙子(以下、犬山):『いのちをまもる図鑑』はさらっと読める文章の中に、大事なテーマがたくさん詰まっていて、読者の心に深く刺さる構成になっていますね。わたしには「大人に告白された」ときの対処法が刺さりました。先生にときめいちゃったり、先生との恋愛を夢見ちゃう子は、いまもいると思うんですよ。
滝乃みわこ(以下、滝乃):今はSNSで性的グルーミングがより身近な問題になっているのを考えると、このテーマは絶対に入れたいと思っていました。どんなに見た目がいい人でも、「子どもに手を出す大人はダサい」というメッセージを明確に書いておきたかったんです。ダサいって子どもにとって致命的なことなので、そう思えるようになれば「そんな人には近寄らない」と自然と判断できるようになるなと思って「子どもとつきあいたがるのは、同年代の人と対等につきあえない残念な大人です」とハッキリ書きました。
体目当ての人を見抜くセンサーを身につけてほしい
1981年生まれ。イラストエッセイスト。ファッション誌の編集者を介護離職し、2011年にブログ本を出版。近著に『私、子ども欲しいかもしれない。』(平凡社)『すべての夫婦には問題があり、すべての問題には解決策がある』(扶桑社)『アドバイスかと思ったら呪いだった。』(ポプラ社)など。TVコメンテーター、ラジオパーソナリティとしても活動中。
滝乃:『いのちをまもる図鑑』を書くにあたっては「どれくらい踏み込んで書くか」の塩梅がとても難しかったんです。例えば「同年代の恋人とエッチをしていい?」といった項目は、「妊娠したり病気になる可能性もある。自分と相手の命に責任が取れるのか、恋人とよく話し合おう」という内容なのですが、見出しだけ見て眉をひそめる親御さんもいるかもしれないなと。
でも、本の中で「プライベートパーツ(口、胸、おしり、性器)を大事にしよう」の話をするのなら、実際にプライベートパーツに触れ合う性行為とその危険についても書かないと、何で大事にしないといけないか理解できないよね、と思いまして。
犬山:小学生同士で付き合うのが珍しくない時代ですから、必要な知識ですよね。
滝乃:監修者の国崎信江先生が「この人、体目当てじゃないか?」って判断するポイントとして、「付き合ってすぐにスキンシップを求めてくるかどうかを見る」という基準を教えてくださったんです。ここまで具体的に言うと、小学生でも理解できる内容になると思いました。
犬山:確かにそれは大事ですね。「体目当てで終わってしまう関係」や、「スキンシップを強要される状況」に気づけるようになってほしいですよね。
滝乃:あと、「性行為をする」ということが、女性の体にどんな影響を及ぼすか、赤ちゃんができる可能性や、出産で命を落とす可能性があることをちゃんと考えられるようになるのも大切だと思います。でも、性教育を教わっていない子はそのあたりをきちんと理解していない気がします。
犬山:そうなんですよね。フィルタリングしてもエロに小学生も簡単に触れられるようになってしまった今、ネットに間違った性の情報がたくさんあることを踏まえ、性教育の必要性を感じます。フィクションだと「都合よく妊娠しない世界」が描かれていますが、大人はそれをフィクションだとわかっても子どもはそれが難しいですから。
滝乃:そうそう。だからこそ、「現実では妊娠することもある」というのを前提にして、子どもたちに伝えていく必要がありますよね。
脅しや強要への対処法を学ぶ
犬山:「愛の証としてセックスを許す」みたいな考え方も危険です。それを逆手に取って、「してくれないなら別れる」と脅すケースもよくありますよね。
滝乃:恋人からの「脅し」については「そういうことを言ってくる人とは別れていい」とハッキリ書くようにしました。この部分は温度感が難しかったけど、読者さんの反応を見ると書いて良かったなと思います。
「かちもない」フェイクニュースの見分け方
犬山:価値観にふれる内容でいうと「ファクトチェックの方法」について解説されているのもありがたかったです。フェイクニュースが本物のニュースサイトのような顔をしているなど、いまやネットは、真偽不明の情報であふれかえっていますから。
滝乃:大人でもなかなか見抜けないんですから、子どもにとっては、なおさら難しいですよね。インフルエンサーの言うことは全部真実だと信じてしまったり、「ニュース」とついたそれっぽい名前のサイトに引っかかってしまったり。ウソ情報の見分け方については、聖路加国際大学大学院教授の中山和弘先生が考案された「かちもない(価値もない)」という基準を紹介しています。
犬山:「書いた人は誰?」「違う情報と比べた?」「元ネタは何?」「何のために書かれた情報?」「いつの情報?」の5項目(頭文字をつなげると「かちもない」)を検証する、という方法ですね。これ、大人でも役にたつ内容だと思います。
「ルッキズムの奴隷」という気づき
犬山:『いのちをまもる図鑑』のルッキズムについての記述も印象的でした。見た目を過度に気にするのは「ルッキズムの奴隷」だ、という表現が、親にとってもハッとする内容だと思います。
滝乃:そうなんですよ。私自身も「自分がルッキズムから完全に解放されているか」と問われると、そうではなくて。「太っちゃった、やばいな」と思うこともあります。でも、少なくとも自分がその奴隷にならない、他人に押し付けないことが大事だと伝えたいです。
犬山:でも、「現実的なラインで希望を持ってほしい」というバランスが絶妙でした。
滝乃:ありがとうございます。ルッキズムがすべて悪いわけではない、というのも伝えたかったんです。例えばアイドルとかを「顔がいいから好き」と思うのは自然なことだし、容姿をいかして仕事をしている人もいます。ただ、そこに縛られて苦しくなるのは違うよね、というメッセージです。本書では子どもが「楽しく生きられるか」を重視したいなと。
「楽しい」を基準に考える大切さ
犬山:「楽しいかどうか」を基準にするのはいいですね。
滝乃:子どもの自殺の原因の1位は「学校問題」なんです。これは、いじめや自殺などに限らず「友達や先生と合わない」とか「勉強についていけない」といったきっかけから、追い詰められて死を選んでしまう子もいます。そういう悩みをもつ子には「あなたが楽しい方を選ぼうよ」と伝えたいです。悩みで頭がいっぱいになってしまうのはわかりますが、無理矢理にでもどうにか「楽しい」を基準に考えてほしくて。
犬山:「勉強についていけなくても人生は詰まない」と言い切ってくれているのも、希望があるなと思いました。滝乃さんが書かれたあとがきからも、力強いメッセージを感じました。
滝乃:そうですね。『いのちをまもる図鑑』を書いている途中で、子どもの頃のことをすごく思い出しました。例えば、中学生の時に大人に告白されたことなんて、すっかり忘れていた記憶だったんですけど、「あれ、そういえばあんなことがあったな」と急に思い出して。あの時、気持ち悪いと思った自分の感覚も蘇ってきました。そういった記憶を思い出すたび「このテーマも入れなきゃ」とどんどん追加していった感じですね。
人を傷つけたり殺したくなる衝動をどうするか?
犬山:そういう具体的な体験を元に書かれているからこそ、この本のリアルさが伝わるんだと思います。とくに「人を傷つけたり、殺したくなったときは」という項目、これは本当に画期的だと思いました。こんなテーマ、これまでの児童書ではほとんど触れられてこなかったですよね。
滝乃:残念ながら、子どもにもそういう衝動があることは事実ですよね。特に思春期は自虐的にも他罰的にもなる年ごろなので…。でも「その気持ちをどうしたらいいのか」「どこに助けを求めればいいのか」という情報が、子ども向けの本にはあまり示されていなかったんですよね。
犬山:そう! ネットが使える年齢になる前の段階で、そういう気持ちをどう扱ったらいいのかを知ることが大事ですよね。
滝乃:簡単に答えが出せる問ではないので、本書ではそういった衝動を抱えたときに「ここに相談してみてね」と具体的な相談先を示すようにしました。親御さんも、そういう話をされたらどう対処していいかわからないと思うんですよ。
犬山:親自身もどうすればいいかわからない中で、「精神医療の出番だよ」と示してくれるのは、とても心強い内容だと思います。
滝乃:ありがとうございます。出版社からは「子どもを守る本なのに、子どもを加害者扱いするのか」という意見が出るかもしれない、という懸念もありました。でも、実際に未成年が起こす事件があるからには、「子どもを被害者にも加害者にもしない」という視点が必要だと思ったんです。
子どもを加害者にしないためのケア
犬山:わかります! 加害者にならないためのケアって絶対に必要だと思います。自分の子どもがいじめをしないためにどうすればいいのか、心を砕いて考えています。加害者にさせないことも子どもを守ることだと思います。
滝乃:「いじめはダメだよ」というだけではなく、「どうして人はいじめてしまうのか」「どうしたらその衝動をコントロールできるのか」ということを前もって知識として持つのが大切だと思うんです。誰もが加害者になり得る可能性がある中で、その知識を持っていれば違う未来があったかもしれない、と感じますよね。
※本稿は、『いのちをまもる図鑑』と『女の子が生まれたこと、後悔してほしくないから』についての書き下ろし対談記事です。