創業一族による特別背任と「小柴胡湯」の副作用というダブルパンチで首の皮一枚にまでに追い込まれたツムラを、何とか「復活」させた当時の社長、風間八左衛門氏が先月末に亡くなった。91歳だった。番頭として、風間氏とともに二人三脚で経営再建に当たった芳井順一氏は17年に69歳の若さで他界しており、地獄の窯の淵を実際に歩いた経験を持つ関係者は、これでほぼ鬼籍に入った。
2人が筋道を付けた路線を12年より引き継いでいるのが現社長の加藤照和氏だが、こちらも交代劇から今年で干支が一回りした。時が流れるのは実に早いものである。
そのツムラの足元の業績は、存亡の危機に遭ったことが俄かに信じられないくらいに好調だ。13年3月期に1056億円であった売上高は、24年3月期には1508億円へとおよそ5割伸長した。「新薬」というものが基本的に生まれてこない医療用漢方製剤事業に立脚する同社の収益構造を考えると、これは“加藤イリュージョン”と例えることができるかもしれない。医療従事者およびその予備軍に対する継続的な漢方医学教育への支援が実を結ぶとともに、漢方治療の標準化をめざした育薬活動も功を奏し、結果として漢方処方が拡大した、といったあたりが優等生的な背景説明となろう。
この基調は25年3月期に入っても変わっていない。そのうえ、「葛根湯」や「安中散」など66品目に上る医療用漢方製剤の薬価が不採算品再算定されるというお年玉までついた。結果、上期の売上高は前年同期比18.3%増の890億円と伸び、営業利益は同106.4%増の210億円へと拡大し、営業利益率は23.6%に達した。通期見通しについてもこのほど上方修正し、売上高は前期比22.6%増の1850億円、営業利益は同97.3%増の395億円をそれぞれ予想する。営業利益率は上期より2ポイント強下がるものの、依然21.3%と高水準を保つ。株価もこれらを好感し、10月8日には5138円とそれまでの最高値を更新した。
OTC類似薬の保険適用除外を政策目標のひとつに掲げる財務省が、こういった数字の推移をどう受け止めるかは別として、風間氏が耕し、芳井氏が種をまき、加藤氏が育ててきた医療用漢方製剤への一点突破・全面展開戦略が間違っていなかったことを示す証左と言えるだろう。