1997年1月11日号 ソニー社長 出井伸之
 96年から05年までの10年間、ソニーの経営トップを務めた出井伸之(37年11月22日~22年6月2日)。その評価は前半と後半で大きく分かれる。いち早くインターネットの可能性に着目し、社長着任早々、それまでのキャッチコピー「It's a Sony」から「Digital Dream Kids」を新スローガンに据えて、ソニーをAV企業からIT企業へと変貌させていった。90年代後半から始まるITバブルの波に乗り、出井の打ち出した“新しいソニー”像を市場も高く評価した。株価も、24年12月に更新されるまでは2000年に付けた1万6590円(分割考慮)が、長らく上場来の最高値だった。

 出井の評価が暗転したのは03年4月25日。03年3月期決算の大幅減益が明らかになると「ソニーショック」と呼ばれる株価暴落を引き起こした。業績悪化の原因は、売り上げの70%を占めていたエレクトロニクス事業の低迷にあった。その後は、テレビを中心とする“古いソニー”を整理していく構造改革に追われる。ソニーの業績は低迷し、暗黒期と呼ばれる時期を経験することとなる。ただ、その時期を経て、現在のソニーはゲーム、音楽、映画事業が中核を占めるエンターテインメント・コングロマリットに変貌している。その種まきをしたのが井出だったことは間違いない。

 社長就任から2年を迎えようとしていた97年1月11日号のインタビューで、出井はITへかじを切る上での意気込みと心構えを語っている。興味深いのは知的所有権の考え方だ。当時は、市場競争を勝ち抜いた製品や規格がデファクトスタンダード(事実上の標準)を獲得することが重要で、その知的財産を開発1社が占有できればライセンス料で稼げるという考えが支配的だった。米マイクロソフトや米インテルの成功例を挙げ、メディアにもそうした論調があふれていたが、出井はそれを一蹴する。

「デファクトに走らなければ勝てないというのは、情報化時代の本質を理解していない。それより、その会社特有のビジネスの場を切り取ったところが勝つんです。今のように世の中がどんどんオープンになってきている時代には、知的所有権を使ってもらった方が勝ち。みんなのためにオープンに、使いやすくという企業の方が、将来、受け入れられると思います」

 今のネット社会の常識であるオープンスタンダードをいち早く予言しているあたり、やはり鋭敏な感性を持った経営者だったと再認識させられる。(敬称略)(ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)

経営とは釣りのようなもの
さざ波の変化に神経を集中

──社長就任後、間もなく2年になますね。

 今朝も早かったなと感慨に浸っていたんです(笑)。社長業はやはり肉体的に疲れますね。

──自分の時間は取れますか。

ソニーをIT企業に変えた出井伸之が97年に語った「情報化時代の本質」1997年1月11日号より

 休日は休むようにしていますし、あとは飛行機の中などですね。本を読んだり、仕事以外のことに興味を持たないと、アウトプットばかりになってしまうからね。ゴルフは社長やっている間にシングルになりたい。社長はハンディが下がっても当然だと言った途端、人間負けでしょう。しかし、目標達成はかなり難しい。コースを歩いているうち会社のことを考えていたり。

── 一番気になっていることは?