「ウィンドウズ95」が発売され、デジタル革命が本格化する95年に、出井はソニーの6代目社長に就任した。就任当初から出井はソニーについて、ハードには収穫逓減が、ソフトには収穫逓増が作用する「複雑系企業」だと表現していた。
ハード(製造業)は、原材料やエネルギーを投じて事業の規模を追い求めても、ある規模に達すると投資に見合ったリターンが得られなくなる「収穫逓減」に陥りやすい。一方、ソフト産業は、事業が拡大するにつれて単位コストが下がり、利益効率が高まる「収穫逓増」の法則に基づいているというのだ。確かにネット上で販売されるデジタル商品は、増産してもコストはほとんど増えない。
この二つのメカニズムが交錯するのがデジタル時代であり、出井はソニーをこの新時代に対応させるために、「リ・ジェネレーション」「デジタル・ドリーム・キッズ」といったキーワードを全面に打ち出し、ハードとソフトの両面で変革を進めようとしていた。「私はいま、日本型経営でも米国型経営でもない、グローバルな複雑系企業の経営の規範をつくっていると考えているんです」と出井は語る。
この“デジタル時代の爆発期”について、出井は「25年は必ず続くと思う。例えば2010年までいまの勢いで進むと、想像を絶する大変化が起こるでしょう」と語っている。まさにこのインタビューから四半世紀の間に、GAFAに代表されるIT企業が収穫逓増の法則に乗って、すさまじい勢いで成長していった。(敬称略)(週刊ダイヤモンド/ダイヤモンド・オンライン元編集長 深澤 献)
収穫逓減と収穫逓増
二つの法則が作用する時代
――伝統的な経済学では、「収穫逓減」を当然の前提に置いて理論が構成されています。従って、独占は生じないことになります。ただし、電力やガスなどの公共事業は自然独占になる。従って政府により価格などをコントロールされているわけです。ところが、ウィンドウズ95などのソフトウエアやハイテク製品では、競争市場でも「収穫逓増」のメカニズムが働きやすい。少なくとも従来の経済学が想定しなかったような現象が起きています。
エレクトロニクス産業で収穫逓増のメカニズムが働いているのは半導体です。生産規模を大きくしても能率が下がらないという点で、ピュアな収穫逓増ですね。私は1992年7月ですから5年前になりますが、ニューヨークで収穫逓増に関するスピーチをしたんです。
――どのような内容ですか。
ソニーはそれまで「AVナンバーワン」でやってきました。これは量の戦略といえるでしょう。しかし、よく見るとエレクトロニクス産業は二つの法則に支配されていることに気づく。一つは、組み立て型産業を支配する収穫逓減の法則です。ある事業規模を超えると収益が急速に減少していく。一方、半導体のようにコストダウンが量とリンクし、生産規模が大きくなると利益も増大する、つまり収穫逓増の法則が働く分野がある。マイクロプロセッサーの時代、つまりデジタル時代には、二つの法則が作用することになった、と指摘したんです。
――なるほど。デジタル時代はいつ始まったのでしょう。つまり、収穫逓増はいつごろから顕著になったとお考えですか。
ソニーの生んだトランジスタエレクトロニクスがこの50年間で栄えたわけですが、25年間の助走期間でソニーの売上高は2000億円になった。ところが、その次の25年間で4兆4000億円へ急激に伸びました。つまり、25年ぐらい助走期間があって、次の25年で爆発したわけです。
一方、マイクロソフトが生まれて23年、インテルも25~26年ですね。非常に新しい情報産業がこの25年で出てきました。ですから、デジタル時代はいま、その助走期間がちょうど終わったところだといえるでしょう。トランジスタ時代の爆発期がデジタルの助走期に重なり、現在はデジタルの爆発期に入ったところです。そして、デジタル技術そのものが収穫逓増をもたらすことになった。
――変化の激しさは強烈ですね。
収穫逓減の法則とは、基本的には生産要素である土地の有限性が前提にありますね。しかし、デジタル技術では、生産要素をいくらでも細かくできるという考え方もできる。サブミクロンの世界まで入ってくると、それまで100ユニットだった要素が500になり、1000になります。これがデジタル時代の収穫逓増の本質だと思う。
――デジタル時代の爆発期とは、まさに収穫逓増する期間ですね。いつまで続きますか。
ソニーの経験から言って25年は必ず続くと思う。例えば2010年までいまの勢いで進むと、想像を絶する大変化が起こるでしょう。