野党時代、単に政府を批判するのではなく
労働現場の視点から具体的に提言

000001

矢田 そうですね、かなりレアケースかと思います。考えられる理由としては、まず、パナソニックでの勤務経験と労働組合の活動ですね。私は製造業の現場の細やかな課題や問題点に通じていました。

 当時、岸田総理は「現場を知りたい」とおっしゃっていたので、政府幹部にとってなかなか見えづらい現場の実情を知る、貴重な視点を持っている人物と思ってもらえたようです。

 それに、参議院議員として労働政策に関与していましたので、国内の労働問題に詳しい人物とも映っていた。いつも私は、「経営者や会社のトップには見えていない世界があるので、ここは知ってほしい」という意識を持って議会で質問をしてきました。そこに信頼を寄せてくださったように感じます。事実、岸田総理が、総理に就任した際に「あなたは野党時代、よく労働問題について質問してくださっていましたよね」と言ってくださいました。

田原 私が野党の議員に対してとても嫌だなと思うのは、政策で勝負するのではなく、与党の揚げ足取りのようなことばかりを言って攻撃する態度です。でも矢田さんの質疑は、いつも本質的な議論に切り込むものなので、つねづね、感心していました。

矢田 ありがとうございます。議会では単に政府を批判するのではなく、労働現場の視点から具体的な提案をするように心がけていました。そうした姿勢を与党側が評価してくださっていたことを、後で知りました。

写真00005

田原 野党として政策を批判する立場から、与党として政策を推進する側に、役割が変わったわけですね。そのことに矛盾はありませんでしたか。

矢田 野党には「行政監視」という役割があり、その役割として意見を具申するのが仕事だと思っていましたので、野党時代、単に批判をしていたわけではありません(笑)。

「それはおかしいのではないでしょうか」「政府からはこういうところが見えていないようです」「こうすればもっとよくなるのではないでしょうか」と提案型で意見提起をしてきました。

 首相補佐官として官邸に入っても、野党時代とやっていることは変わらないと思っています。岸田総理には「賃金を上げたい」という強い意志がありました。2023年の9月に「1年間、賃上げに取り組んでみて、何とか3%上がった。でも来年も必ず賃上げを実現しなくてはならない。ぜひ力を貸してほしい」とおっしゃったんです。それで、「もちろん力はお貸ししますが、呼ばれた以上、積極的に意見提起をさせていただきます」とお伝えし、岸田総理も「どうぞ言ってください」とおっしゃってくださいました。ですので、矛盾を感じることはまったくありませんでした。

 岸田総理には定期的に「現状、こういう状況です」「こうすべきではないでしょうか」と、たくさんの資料をお見せしながらさまざまな提言をさせていただきました。その姿勢は今の石破総理に対しても同じです。

田原 なるほど、よくわかりました。

 矢田さんは、「女性活躍」においても、データに基づいた政策提言など、大変重要なお仕事をされています。そこで聞きたい。男女雇用機会均等法(※)が制定されたのが1985年、それから約40年たつというのに、いまだ日本の大企業の女性役員は1割にも満たない状況です。雇用において、男女平等が達成されているとはとても言えない。これについてどうお感じになっていますか?
※雇用の分野において、性別による差別を禁止し、男女とも平等に扱うことを定めた法律。

男女の賃金格差が特に大きな業種は
金融業・保険業、製造業、卸売業・小売業

写真00003

矢田 これまで政府はどうしても、雇用における男女間の格差について、政策的に思い切って踏み込めなかったところがあると思います。 

田原 なぜ踏み込めなかったのですか。

矢田 やはり今までの自民党は、企業の経営層に対する遠慮がありました。私のような者を補佐官に任命したということは、そうした状況を変えようと政府が本格的にかじを切りはじめていることの証でもあります。

「企業への遠慮こそが経済を停滞させていたのではないか」「賃上げをしたいのであれば、男女間の賃金の格差を解消するなど、もっと女性が活躍できるよう環境を整える必要がある」とご提案しています。

 2022年より、女性活躍推進法(※1)に基づき、従業員が301人以上いる企業に対し、男女の賃金差異の公表が義務付けられました(※2)。そのような義務付けや、自発的に取り組んでいただいている方々の努力により、約3万5千社のデータが公開され、その中で、女性の賃金が男性の4割程度という企業が存在することも明らかになっています。
※1 2016年4月から施行されている、女性がその個性と能力を十分に発揮して職業生活において活躍することを推進するため、国、地方公共団体(特定事業主)、民間事業主(一般事業主)の各主体において女性の活躍推進に関する責務等を定めた「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」。
※2 女性活躍推進法に基づく女性の活躍に関する情報公表については、2019年に法改正が行われ、それまでは301人以上の労働者を常時雇用する事業主に対して情報公表が義務付けられていたところ、その対象が労働者数101人以上300人以下の事業主に対しても拡大され、2022年4月から施行されている(男女の賃金差異の公表義務化は2022年7月から、対象は従業員数301人以上の企業のみ)。

図1出典:女性の職業生活における活躍推進プロジェクトチーム 中間取りまとめ「男女間賃金格差の解消に向けた職場環境の変革」(概要)P1 https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001306764.pdf
拡大画像表示

 私たちは厚生労働省の調査をもとにして、私が座長を務める内閣のプロジェクトチーム(※)で資料をつくりました。プロジェクトチームでは、男女賃金格差が特に大きな5つの業種を明らかにしています。
※「女性の職業生活における活躍推進プロジェクトチーム」

 こちら(右の図)をご覧ください。産業全体では女性の賃金は男性の74.8%ですが、業種によって大きな開きがあります。

 もっとも格差が大きいのは「金融業・保険業」で、女性の賃金は男性の61.5%にとどまっています。銀行がいい例ですが、窓口業務は女性が担当し、法人営業や管理職は男性が占めるという、職域分離が顕著です。また、総合職と一般職の採用区分の違いから、年齢を重ねるにつれて賃金格差が広がっているということもあります。

 私自身も経験した「製造業」でも、格差は大きく、女性の賃金は男性の68.2%です。製造現場では、班長、職長、課長、工場長といった管理職が男性中心で、男性はそのようにキャリアアップしていくのですが、女性は組立工などの現場作業者のままでいることが多い。さらに近年は、製造業での派遣労働者が再び増加し、女性の非正規雇用化が進んでいることも問題になっています。

 さらに「卸売業・小売業」では、女性の賃金は男性の71.1%です。特にスーパーやチェーン店では、女性はパート労働者が多いですよね。当然、正社員との賃金格差が大きくなります。

 企業の規模別では、従業員1000人以上の企業が一番格差が大きくなっています。女性の賃金は男性の71.0%です。

 政府は、各産業の所管省庁を通じて、格差の大きなこれらの業界に対し、是正に向けたアクションプランの策定を要請しています。

田原 人手不足もあり、女性にも活躍してもらわなければ、これからの日本経済は本当に立ち行かない。それなのに、まったく事態が変わっていないのは、政府も経済界も、本当に日本経済を良くしたいと思っているのか、自分たちのことしか考えていないのではないかと、疑問に思いますね。

矢田 政治や企業の中でこうした女性活躍の話題になると、「ああ、またジェンダーの話か。経済と関係ないじゃないか」と軽くあしらわれるきらいがあるのですが、岸田首相に当時、強調してお伝えしたのは、これは「ジェンダーや人権の問題」としてではなく、「経済政策」の本丸として捉えるべきだということです。