やってもやっても仕事が終わらない、前に進まない――。そんな状況に共感するビジネスパーソンは多いはずだ。事実、コロナ禍以降、私たちは一層仕事に圧迫されている。次々に押し寄せるオンライン会議やメール・チャットの返信、その隙間時間に日々のToDo処理をするのが精いっぱいで、「本当に大切なこと」に時間を割けない。そんな状況を変える一冊として全米で話題を呼び、多くの著名メディアでベストセラー、2024年年間ベストを受賞したのが『SLOW 仕事の減らし方』だ。これからの時代に求められる「知的労働者の働き方」の新基準とは? 今回は、本書の邦訳版の刊行を記念して、その一部を抜粋して紹介する。

「心臓発作を起こしたエリート」が二度とやらないと決意した“意外な習慣”Photo: Adobe Stock

「もしも生還できたら、絶対に変えようと思うこと」

 2021年の春、大手金融機関HSBCのプログラムマネジャーを務めるジョナサン・フロスティックが、在宅勤務中に心臓発作を起こした。

 このできごとが広く知られているのは、病院に搬送された彼が、あるメッセージをSNSに投稿したからだ。

 ベッドに横たわる自身の写真と一緒に、「もしも生還できたら、絶対に変えようと思うこと」として挙げられた6つの決意。その内容は人々の心をつかみ、またたく間に拡散された。30万件近くのコメントが寄せられ、国際的なメディアにも取り上げられた。

 僕がこの件に興味を持ったのは、フロスティックが最初の決意として「もうズームに一日中縛られたりしない」と書いたからだった。のちにブルームバーグのインタビューで語っているように、パンデミックが始まってからというもの、彼はズームのビデオ会議にかなり多くの時間を費やすようになっていた。それに引きずられて、労働時間はどんどん延びた。

「以前なら5時から6時半くらいには仕事を終えていました。それが金曜の夜8時になっても仕事が終わらず、くたくたに疲れた身体で来週の準備に取りかかる状態でした。やがて土日もずっと仕事に追われるようになりました」

コロナ禍以降、会議の時間は2.5倍に

 こんな経験をしたのはフロスティックだけではない。マイクロソフトが発表した労働トレンドレポートによると、新型コロナのパンデミックが始まった年だけで会議の時間は2.5倍に増えた。仕事のチャットやメールの量も急激にふくれあがった。「仕事における日々のデジタル負荷は大幅に増加している」とマイクロソフトは結論づける。

 統計を見るまでもなく、みんな肌で感じていると思う。2020年から2021年にかけて、僕のブログにも悲痛なコメントが届くようになった。

「会議に続く会議、に続く会議で、一日中ズームから離れられない」
「会議の隙間の休憩時間はすべてスラックのチャットで埋め尽くされている」

 こうした声は高まる一方だった。僕はこの現象を「ウェブ会議の終末世界」と名づけた。要するにフロスティックが心臓発作で倒れたのも、そのとき真っ先に思いついたのがウェブ会議の地獄から逃れる決意だったのも、なんら不思議ではないということだ。

(本稿は、『SLOW 仕事の減らし方~「本当に大切なこと」に頭を使うための3つのヒント』(カル・ニューポート著、高橋璃子訳)の内容を一部抜粋・編集したものです)