「生活コストを下げられない人」は、いざという時に動けなくなる

 そして、仕事で大きなチャンスが巡ってきたり、人生で大きな挑戦をする時ほど、家計を引き締めて「ミニマム・ライフコスト」を下げるのが習慣になっていた。

 独身時代は、こう考えていたことを思いだす。
「いざとなったら、月10万円で不便なく暮らしていた学生時代の生活レベルまで下げればいい」と。

 そう腹をくくることで、「クビになっても、得意の引っ越しのバイトを10日間すれば、ミニマム・ライフコストは稼げるから大丈夫。しかもいい運動になる」──パートナーができてからは「それぞれ10日ずつバイトして、月に20万円稼げればいい」──という確かな安心感と、静かな勇気を得ることができた。

 さらに最悪の場合、自分一人であれば「磨いてきたアウトドアスキル、キャンプと釣り道具を詰めたバックパックさえあれば生きていける」と思っていた。自然豊かな海辺にある自給自足に適した無料のキャンプ場を知っていて、そこに行けば無収入でも死ぬことはないと確信していたからだ。

 得意の魚釣りと近隣の農家さんの手伝いで、1人分の食料調達は可能だと、学生時代の自給的なバンライフで実践済みだったし、そんなキャンプ生活を想像しては心躍っていたくらいだ。

収入が増えるほど不自由に?「生活レベルの罠」にハマる人の末路

 周りを見ると、同世代や先輩たちは、歳を重ねるごとにライフコストを上げて、「物質・非物質」両方の荷物をどんどん抱え続けていた。そうするうちに身動きが取れなくなって疲弊し、パフォーマンスを落としていった。

 何より、あまり幸せに見えなかった。

 周りに惑わされず、拡大成長病を患わず、筆者はミニマル主義を貫き、いいパフォーマンスを維持していた。仕事では、無責任な多数意見や、根拠のない前例主義にも負けず、自分の感性に従って大勝負できるようになっていったのである。

 こうやって身軽さと生活レベルを維持し続けていると、もう1つのギフトを手にできる。いつでも人生をリセットして、迷わず新しいライフステージに向かえるようになるのだ。まるで、小さなバックパック1つで自由に旅をするように。

 例えば、転職や起業、フリーランスにシフトしたり、夢に挑戦する時、「最低限これだけあれば生きていける」とわかっている人間は強い。

 実際、「独立して自由に働きたい」「大好きな場所に移住したい」という人は無数にいるが、その9割が「収入が減ることへの不安」を理由に実行に移せない。人は、一度でも生活レベルを上げてしまうと、それが下がることを異常に恐れる。

「モノを増やす人」vs.「足るを知る人」…本当に幸せなのはどっち?

 そんな人には「日本においてはもはや、物質的な豊かさを求める時代は終わった」と伝えたい。「安全で便利で快適な(だけの)世界」から「真に豊かで生きるに値する社会」へと変成させていくべき(※2)──独立研究者でベストセラー作家の山口周さんもこう述べている。

 今こそ、美しい日本語「足るを知る」という言葉を思い出し、「自分にとって、足りているとはどういう状態か」と心に問いかけてほしい

「渇望症」から脱却し、あなたの中に眠る「本来の自分」という彫刻作品を削り出して、本当の意味で豊かな人生を生きるのだ。

 ウルグアイで市民のために多くの改革を成し遂げた、ホセ・ムヒカ元大統領もこう言っている。
「モノが増えれば心配ごとが増える。真の自由とは、消費活動(買い物と所有)を最小限にすることだ」

 彼は在任中、給与の9割を寄付して豪華な官邸にも入らず、古い車に乗り、質素な農園の自宅で暮らした。

 健康に生きるために最低限必要な、お金やモノはあった方がいいが、「身の丈」以上のお金やモノを獲得しても「精神的な豊かさ」や「生きがい」は決して手にできない。

 ある「一定以上の収入」を超えると、その後どんなにお金を手にしても幸福度は平行線をたどることは、いくつものエビデンスが教えてくれる。

なぜ「ミニマム・ライフコスト」を知らないと、一生自由になれないのか?

 守銭奴になれ、ストイックに生きろと言っているわけじゃない。

 一度しかない人生で、本当にやりたいことのためにリスクを取って挑戦するための準備を怠ってほしくないだけだ

 国のトップである大統領だってできるのだから、「会社員だからできない」なんて思い込みはすぐに手放そう。

「ミニマム・ライフコスト」を軸に生きない限り、あなたを資本の奴隷にするマネーシステムから逃れることはできない。

 そして、仕事で大勝負する時、将来のために大きな一歩を踏み出す時のために「ポジティブエスケープ」を確保しておくのだ。(この連載でお伝えしてきたが、自分を守るため、大きな挑戦をするために準備しておく前向きな逃げ道のことを「ポジティブエスケープ」と筆者は呼んでいる)。

「ミニマム・ライフコスト」と「ポジティブエスケープ」は、攻めと守りの両方を兼ねる、人生の2本柱だと心に刻んでほしい。

【参考文献】
※2 山口周『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』プレジデント社(2020)