インベスターZで学ぶ経済教室『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第165回は、緊張でカチカチになりがちな「ここ一番」のマインドセットを指南する。

「絶対勝て」は呪いの言葉

 投資部存続を賭けた主人公・財前孝史と藤田家の御曹司の慎司と三番勝負最終戦。応援にかけつけたOBたちは「絶対に勝て!」と声をかけ、現役投資部メンバーは「自分を信じて普段どおり戦え」「財前ならやれる」「みんながついてるぞ」とエールを送る。

 投資部OBたちと現役メンバーの声援には大きな差がある。「勝て」と強調するオジサンたちと違い、現役組は財前がベストを尽くすこと、チームとして寄りそうことに力点を置いている。両者は財前の心理にまったく違う影響をおよぼすだろう。

 スポーツやゲームで「必勝」を目標に置くことは珍しくないだろう。だが、勝負ごとでは「勝つこと」は自分だけではコントロールできない。ベストを尽くしたとしても、相手がそれを上回れば負けてしまう。

 コントロール不能なだけでなく、「勝て」という声援は「負けられない」という縛りを心に植え付ける弊害がある。

 何事においても、人間がベストを尽くせるのは精神状態がポジティブに開かれているときだ。「何かをやってはいけない」というプレッシャーを感じるだけで普段の実力は出せなくなり、最悪、脳も体もフリーズしてしまう。

 しかも、ネガティブなメッセージはいったん頭に刻まれると消し去るのが極めて難しい。「象のことを考えないでください」と言われたら、象を頭から締め出すのはほぼ不可能になるのと同じだ。「ミスできない」と一度でも考えてしまったら、負のイメージで心身に染みついて拭い去るのは容易ではない。

「絶対勝て」という呪いの言葉の後だからこそ、「自分を信じて普段どおりに」「お前ならやれる」「みんながついている」という若者たちのポジティブな言葉の清々しさは際立つ。

「ベストを尽くせば勝利はついてくる」と信頼して伝える言葉は、勝利という誤った目標にフォーカスするのを避け、士気と集中力を高める助けになる。

「言霊の金縛り」を避けるここ一番の思考法

漫画インベスターZ 19巻P95『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 両極端な2つのエールが生む違いは「外野の声」だから理解しやすい。だが、この構図は個人の意識の置き方にも当てはまる。仕事や勉強、スポーツの目標設定や日々の行いのなかで「言霊」が自分に与える影響を侮ってはいけない。

 たとえば、大事なプレゼンテーションやスピーチの時、「うまくやらなければ」と自分にプレッシャーをかけてしまうことはないだろうか。「勝つ」が「負けられない」に変換されるように、「うまくやる」は脳内で「失敗できない」というネガティブな課題にすり替わってしまう。待っているのは言霊の金縛りだ。

 そんな自縄自縛を避けるには、普段からネガティブな自己暗示のリスクを認識して、墓穴を掘らないように習慣づけておくのが得策だ。

 多くの人が苦手とする人前で話すことに関しては、私は「どうあがいても、普段の自分以上のものは出ない」と諦めるというマインドセットを大事にしている。それは単なる事実でしかない。ここ一番の勝負のプレゼンだろうが、普段通りにできれば上等なのだ。

 矛盾しているようだが、そんな諦念で「言霊のワナ」を遠ざけ、リラックスして臨んだときこそ、自分以上のモノが本番で出ることがある。このあたりのメンタルコントロールを知りたい方は、私のnoteの「人前で話すの、苦手ですか?」という投稿を参照いただきたい。

漫画インベスターZ 19巻P96『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 19巻P97『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク