“無能な上司”のもとでこそ部下は育つ

 その後も、A課長は何かにつけて私を頼ってくれました。

 やがて私は、A課長から頼られる前に、

「課長、今のうちに予算策定の根回しを始めないと間に合いませんよ」
「課長、マネジャー会議の資料をつくっておきました」

 と先回りして提案するようになりました。するとその度に、A課長は満面の笑みを浮かべて、「オグラさん、やるー!」と誉めてくれるのです。

 私は、A課長のもとで仕事をした3年間、高いモチベーションで、楽しく仕事をすることができました。

 そして、自分でも気がつかないうちに「スキルアップ」していただけでなく、自発性も発揮するようになっていきました。この3年間で、「自発的」で「自律的」なリーダーへと脱皮することができたのです。

 このように、部下をビシビシ指導する“優秀な上司”のもとでは部下は育たず、部下に頼ってばかりの“無能な上司”のもとでこそ部下は育つのです。

 ただ、皆さんはもうお気づきのことと思います。
 言うまでもありませんが、A課長は無能なのではありません
 本当は優秀なのに、“無能なフリ”をしてくれていたのです。

 いったい何のためでしょうか?
 もちろん、私を育てるためです。

 私の「能力」や「モチベーション」、そして「主体性」や「自律性」を最大限に引き出すために、A課長は「教示型」のリーダーシップ・スタイルを控えてくれたのです。

“できる上司”を装うよりも、“無能な上司”のフリをする

 その後、3年にわたって、A課長と一緒に仕事をしていくうちに、私はいかにA課長が“本当は”仕事ができる上司であるかを思い知らされました。

 そして、彼女がこれまでも全国トップの営業所長として活躍してきたのは、私に接するのと同じように営業員たちへ接し、彼らから最大限の「能力」と「やる気」を引き出してきたからだとわかったのです。

 いわば、A課長は、私を育てるために、「教示・アドバイス」を「回避」するどころか、あえて“無能なフリ”さえしてくれたわけです。

 一方、その前の上司は、ビシビシ「教示」してくれる“できる風”な上司ではありましたが、僕は成長しないどころか、「問題社員」ですらありました。

 この差は、非常に大きいと言わざるを得ません。

 言い方をかえれば、リーダーは“できる風”を装ったり、「自分の優秀さ」を証明したりする必要など全くないということです。

 むしろ、“無能なフリ”ができる上司の方が、部下の「主体性」や「能力」を引き出すことができるということです。

 これは、「教示型」と「回避型」の軌道から脱出して、全く次元の異なるリーダーへと「質的転換」を遂げるうえでも、非常に参考になる事実です。ぜひ、皆さんに覚えておいていただきたいと思います。

(この記事は、『優れたリーダーはアドバイスしない』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、公認心理師
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』や『すごい傾聴』(ともにダイヤモンド社)など著作49冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に公認心理師・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童生徒・保護者などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。