
何人が幹部自衛官にならなかったのか
「辞退者数」でよむ景気が“春の風物詩”
ホワイトとブラック――。この相反する組織風土と環境を併せ持つ職場。その最たるものが自衛隊だろう。そんな自衛隊という組織を「働く場所」という視点から紐解いていく。
毎年3月の年度末、かならずといっていいほど取り上げられるニュースがある。将来の幹部自衛官を養成する防衛大学校(神奈川県横須賀市)の卒業式だ。例年、自衛隊の最高指揮官である内閣総理大臣が出席することでも知られる国を挙げての慶事だが、その伝えるところの主眼は卒業式という式典が行われたという事実ではない。
卒業生のうち、何人が幹部自衛官にならなかったか。任官を辞退したのか。いわゆる任官拒否者の数、これこそが毎年伝えられる恒例のニュースの主たる眼目である。
この任官拒否者の数は、いつしかその数が多ければ好況、少なければ不況とその時々の景気動向をビビッドに反映するバロメーターとしての役割を果たすようになった。
多少の異論反論はご容赦頂くとして、毎年およそ3百数十名から4百数十人程度の卒業生を輩出する防大だが、うち任官拒否者は、草創期の一時期を除き、好況期であれば30名以上、不況期であればそれ以下といったところだ。
過去、防大の歴史上、もっとも多くの任官拒否者を出したのは1991年のことである。時はバブルの終わり。専門家ら見る人がみればすでにバブルの泡は弾けていたにもかからわず、世相は未だ見果てぬ夢を追うように好景気と浮かれていた頃の話だ。この年、防大卒業生94人が任官を拒否した。