ならば現場レベルでは強制は絶対にあった

 慰安所は日本軍が管理していた。そしてその慰安所にいる慰安婦たちのほとんどは、朝鮮半島から連れてこられた女性たちだった。これは確かな事実。当時は多くの朝鮮人たちが、労働や兵役のために強制的に連行された。そして今も多くの韓国人女性が、自分たちは強制的に連行されたと訴えている。ならば現場レベルでは絶対に強制はあった。僕はそう断言する。文書や資料が見つかっていないことだけを理由にして、国家は関与していないとか軍は組織的に関わっていないとの言説は成り立たない。

 なぜならばこの国の近現代史の特質は、確固たる意思統一や指示系統がないままに、現場が暴走するというスタイルだ。だからこそあんな無謀な戦争が始まった。降伏の時期もいたずらに伸ばし続け、その結果として広島・長崎への原爆投下や東京大空襲など被害が拡大した。

 もちろんホロコーストの例が示すように、暴走のリスクは、群れることを選択した人類が抱える普遍的な宿痾だ。でもこの国の人たちは、組織共同体との親和性が他の国の人たちより少しだけ高い。言い換えれば集団化と相性が良い。だからこそ暴走しやすい。過剰な忖度が働きやすい。

 その意味で、河野談話に記された「組織として強制連行を行っていても、無理にでも連れてこいという命令書や無理に連れてきましたという報告書は作成されることはないだろう」との見方は正しい。国としての明確な指示系統はなかったかもしれないが、忖度や同調圧力や責任回避や黙認などの要素が働いた結果、彼女たちは強制的に連行された。行きたくないと拒絶することなどほぼ不可能だっただろう。僕はそう推測する。いや推測のレベルではなく、ほぼ間違いないと断言することができる。徹底して韓国と論議すべきだと橋下市長は発言したが、資料や文書がないから強制したとは認められないとの観点に立つならば、論議はいつまでも平行線だ。

 大学のゼミの授業で、韓国からの留学生たちも交えて、日韓の教育の差異について学生たちに論議させたことがある。

「閔妃暗殺は知っている?」

 議論が一段落したときに僕は言った。韓国人留学生たちは、何を当たり前のことを言っているのかとの表情でうなずいた。でも日本人学生たちからは反応がない。

「乙未事変ともいいます。国王の妃だった閔妃が、日本人に殺害された事件です」

 韓国人留学生が説明した。でも日本人学生からはやっぱり反応がない。きょとんとしている。学校で習っていないのですかと留学生が訊けば、初めて聞きましたと日本人学生は口をそろえる。

 1895年10月8日、在朝鮮国特命全権公使だった三浦梧楼をリーダーとする一派が王宮に乱入して、李氏朝鮮の第26代国王王妃だった閔妃を軍刀で殺害して遺体を焼いた。この背景は複雑だ。多くの朝鮮側の協力者がいたことは確かだ。