値上げか在庫切れか

 図4は、図2と同じデータを用いて、都内45店舗における「新潟コシヒカリ(5kg)」の販売金額・販売数量を示したものだ。価格の上がった24年において、販売数量は顕著に増えている(19年との対比で1.45倍)。25年は24年ほどではないが、それでも19年との対比で1.30倍と高水準である。

 価格上昇と同時並行で数量が増えたという事実は、今回の価格上昇は需要ショックによって引き起こされたことを示している。ただし、多くの識者が既に指摘しているように、供給ショックがあった可能性は否定できない。供給ショックはあったかもしれないが、小規模であり、それとの対比では需要ショックが支配的だったとみてよいだろう。

 価格上昇の主因が需要ショックだとしても、実際におきる現象は図3の左図ほど単純ではない。この図では商品の貯蔵が一切利かないことを前提としているが、実際にはコメを含む多くの商品は貯蔵が可能であり、家計は家庭内在庫を保有しているからだ。

 地震やパンデミックを契機として家計が商品の備蓄に向かう、つまり、家庭内在庫の積み増しに向かったときに、どのようなことが起きるか。

 最初に起こるのは、店舗側の在庫が不足気味になるということだ。このときの店舗側の対応としては在庫の補填(ほてん)があり得る。しかし、在庫を補填するには当然コストがかかり、とりわけ一度に大量の在庫を手当てしようとするとコストが膨らんでしまう。

 大量の在庫補填を直ちには行わないとすると、残る選択肢は値上げだ。値上げを行えば家計の需要は抑制される。その結果、店舗在庫の減少ペースが和らぎ、店舗在庫の払底という事態を回避できる。

 しかし、需要が強いときに価格が瞬時に反応して上昇するかというと決してそうではない。コメを含む多くの商品の価格は粘着的であり、需要が強い局面でも、価格が瞬時に反応することはない(詳しくは拙著『物価とは何か』の第4章を参照)。

 では、価格が粘着的な場合、何が起きるのか。家計が備蓄に向かうので需要は強いが、それにもかかわらず、店舗は値札を変更しないので、家計の需要は強いまま放置される。そのため、店舗の在庫は減少を続け、最終的には在庫切れという事態に陥る。