価値のほとんどはアメリカの設計段階で生産
中国で生産された付加価値は4%未満にすぎない

 この問題を考えるために、付加価値の生産という観点から考えよう。

 最初の段階はiPhoneの設計だ。特に重要なのはiPhoneの頭脳に当たるロジック半導体の設計だ。この過程はアメリカにあるAppleの本社で行われる。これによって生産される価値を、VAと書くことにしよう。

 次の過程は、ロジック半導体の製造だ。これはAppleの設計に基づいて、台湾の半導体受託製造会社(ファウンドリー)であるTSMCが行う。ここで付け加えられる価値をVSと書くことにしよう。ロジック半導体の価値は、VA+VSになる。

 さらに、さまざまな部品(例えばカメラやメモリなど)が、日本や韓国を含むさまざまな国で生産される。ここで付け加えられる付加価値をVJと書くことにしよう。

 次に登場するのが、台湾の受託製造企業ホンハイだ。同社は、以上で生産された半導体や部品を用いて、中国などにある組み立て工場で最終製品に組み立てる。ここで付け加えられる付加価値をVCと書くことにしよう。

 したがって、完成したiPhoneは、VA+VS+VJ+VCの全体価値(VT)を持つことになる。

 完成したiPhoneは、アメリカなどの各国に輸出される。全輸出中のアメリカの比重をαとすれば、アメリカはα×VTの価値のiPhoneを中国などから輸入していることになる。

 各段階で付け加えられた付加価値は、VTの中でどの程度の比重を占めているのだろうか?

 ある研究は次のように結論している(注)。

(1)中国からアメリカへのiPhoneの輸出のうち、実際に中国で生産された付加価値VCはVTの4%未満にすぎない。
(2)アメリカが付け加えた設計段階の付加価値VAはiPhone販売価格の30%以上を占めるが、これは貿易黒字として計上されていない(注)。

 他にもさまざまな実証分析が行われているが、多くの研究が、VAの比率が3割から4割であるのに対してVCの比率は数%にすぎないとしている。

(注) Xing, Yuqing and Detert, Neal (2010). "How the iPhone Widens the United States Trade Deficit with the People's Republic of China". Asian Development Bank Institute Working Paper Series, No. 257

iPhoneの生産プロセスを破壊すれば
付加価値を生産する全活動が成立しなくなる

 Appleがアメリカ国内で生産している価値が極めて巨大であることは、時価総額を見ても明らかだ。Appleの時価総額は2.9兆ドル程度だ(2025年6月中旬)。これは、日本のプライム市場の時価総額合計(954兆円、1ドル=145円で6.6兆ドル)の約44%に相当する巨額なものだ。

 また、Appleが設計した半導体を生産している台湾のTSMCの時価総額もかなり大きい。1.1兆ドル程度であり、日本のどの企業の時価総額より大きい(トヨタの2236億ドルの5.1倍)。これは、高性能半導体を製造する作業が極めて高度なものであることを反映している。

 これに対して、中国やインドなどで行われている最終組み立て工程は、不可欠ではあるが、半導体の設計や製造に比べれば、それほど難度が高いものではない。

 普通の組み立て工員でも、一定の訓練を経れば行えるだろう。そうであれば、この段階での付加価値がそれほど巨大なものにならないのも当然のことだ。

 だから、仮にiPhoneの最終組み立て工程を中国などからアメリカに移したとしても、それによってアメリカでの付加価値(労働者の賃金と企業利益など)は、iPhoneの価値の数%分しか増えないことになる。これはほとんど無視し得るものだろう。

 それに対して、仮にiPhoneの輸入に高率関税をかけて、現在のiPhoneの生産プロセスを破壊したとすれば、iPhoneの付加価値を生産する全活動が成立しなくなるかもしれない。つまりAppleという企業が成り立たなくなるかもしれない。