受託生産契約は国際収支に記録されず
新しい統計作成の試みはあるが…
以上で述べたのは、明々白々のことであるにもかかわらず、トランプ氏がiPhoneの国内生産にこだわる一つの理由は、ファブレス製造業の経営実態が国際収支統計には適切に表れていないことだ。
国際収支統計に表れているのは、中国で生産されたiPhoneがアメリカに輸入されるという取引だ。それに対して、その他の取引はほとんど国際統計には表れない。特に重要なのはVAの部分だ。
仮にこれに関する現実の取引が、Appleがその生産した無形資産をTSMCに販売するという形で行われるのであれば、アメリカから台湾に無形資産の譲渡が行われることとなり、国際収支のサービス取引に反映されるだろう。
しかし実際には、AppleとTSMCが受託生産契約を結ぶという形で行われている。このため、国際収支統計には記録が残らないのだ。ホンハイが行っているのも受託契約に基づく取引であり、同じような問題がある。
結局のところ、以上の取引で国際収支統計に反映されるのは、中国などからアメリカなどにVTだけのiPhone製品の輸出が行われたということだけだ。したがって、アメリカの貿易収支の赤字が増大することになる。
このため、「iPhoneの海外生産は望ましくない」とトランプ氏が考えることになるのだ。
結局のところ問題は、国際収支統計がiPhone生産という先端的な経済活動の実態を適切に捉えていないことだ。先端的な経済活動とは、繰り返せば、次のような特徴を持つものだ(こうした特徴を持つ製造業はファブレス製造業と呼ばれる)。
1.最終製品までのプロセスで、さまざまな国が関与する。
2.最終製品の価値の中で、設計の価値が高い。
この問題はiPhoneに限ったものではない。例えば、NVIDIAなどが設計した半導体の製品も国際的な受託生産によって行われているので、同じ問題を持っている。
アメリカの経常収支赤字が拡大していることがしばしば問題とされるが、その大きな原因は、ファブレス化の進展である可能性がある。そうであれば、経常収支赤字拡大は、アメリカ経済劣化の結果ではなく、高度化の結果だということになる。
こうした状況を背景に、いくつかの国際機関で、国際収支統計を実態に合わせたものにする努力が行われている。
例えば、OECDとWTOが、TiVA(Trade in Value Added)という統計を作っている。しかし、正確な統計のためにはさまざまな制度上の制約があり、なかなかうまく進んでいない。
トランプ氏のような誤解が生じるのも、ある意味ではやむを得ないといえるかもしれない。
(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)