とくに教育費に関して、日本は諸外国に比べて家庭の負担が重くなっている。

 OECD(経済協力開発機構)の「図表でみる教育2012」によれば、大学や大学院の進学にかかる費用のうち、家庭からの支出はOECD加盟国平均が30%なのに対して、日本は64.7%とワースト4位。小学校から大学までの全教育段階で見てみると、家庭からの支出はOECD加盟国平均が16%なのに、日本は31.9%とワースト3位だ。

 つまり、日本は教育へ公的支出が少なく、お金のあるなしで受けられる教育に差がついている国なのだ。

 糖尿病患者の遠因に低学歴や不安定雇用の可能性が指摘されている今、国に求められているのは、親の年収や生まれた環境に関係なく、誰もが平等に教育を受けられるスタートラインの整備ではないだろうか。そして、糖尿病を誘発するような長時間労働を強いる企業を取り締まるなど、労働法制の見直しも必要だろう。

 また健康保険の保険料など医療費の負担に関して、「自己管理を怠らなかった健康な人にインセンティブをつけるべき」という考えは、一面では合理的だ。しかし、暴飲暴食しても糖尿病にならない人もいれば、ふだんカロリーに気を使っているのに突然、糖尿病を発症する人もいる。

 病気になるかならないかは、運しだいという面もある。病気の原因を明確に線引きすることなどできない。それなのに、営利目的の民間保険のようにリスクに応じた負担をさせようというのでは、病気がちな人は救われなくなる。

 持ち家の人は、万一の火事に備えて火災保険に加入するが、「保険料を払っているのに火事にならなくて損した」などと思う人はいないだろう。火事にあって保険金をもらったとしても、大切な家や思い出のつまったものを失ったことの辛さは計り知れない。

 健康保険もそれと同じだ。たとえ、保険料を払うだけで、自分は医療費を使わなかったとしても、病気やケガをして痛い思いをしたり、辛い思いをするより、健康でいられるほうが何倍も幸せなことではないか。

 健康保険は、不幸にして病を得た人をみんなで助け合うために作られた制度だ。その意味を、今一度、理解する必要がある。