世界で最も売れている脂質異常症の治療薬──○○スタチン(○○に入る名称は現在、7種類)。悪玉コレステロール値が高いメタボ中高年諸氏にはおなじみの薬だろう。肝臓でのコレステロール合成を妨げる薬で、1970年代に日本の遠藤章氏らが発見した。以来、国内外製薬企業のドル箱製品として君臨している。
スタチン系薬剤の特徴は、心筋梗塞や脳卒中など致死的な疾患の予防効果が多くの大規模試験で証明されていること。異論はまずほとんどないだろう。一方、長期的な使用リスクについては諸説ある。一定の見解がまとまってきたのは、つい最近のことだ。
今年に入って欧州の規制当局がスタチン系薬剤服用中の糖尿病発症リスクについて注意喚起を行い、続いて米食品医薬品局が認知機能障害──一過性の記憶障害や錯乱のほか、血糖上昇リスクに関する警告を含めたラベルへの変更を承認している。認知機能障害は軽度で、症状が現れたとしても薬の服用を中断すれば消失する。ちょっと気になるのが血糖上昇、糖尿病発症リスクのほうだ。
この8月に循環器疾患の専門誌「JACC」に載った台湾からの報告では、スタチン系薬剤使用者と非使用者で追跡データを比較したところ、使用者の糖尿病の発症率は年間2.4%、非使用者では2.1%だった。ただし最終的にスタチン系薬剤使用者は、心筋梗塞発症リスクや入院死リスクが低いことが示されている。調査対象は男性45歳以上、女性55歳以上。薬の使用期間は30日以上で、投与量は日本での各製剤の処方開始量~最大投与量にほぼ一致していた。同じ東アジア人種の結果だけに興味深い。
今のところ、専門家や各国当局は「スタチン系薬剤のベネフィットはリスクを上回る」という見解を取っている。なかなかスッキリとは割り切れないのが医療の常。ようは「薬を飲んでいるから大丈夫」ではなくて、むしろ心して食事と運動習慣の改善に取り組むべき、ということだろう。治療薬のベネフィットを目一杯享受するには、「健康な人よりも健康的な生活」が不可欠なのである。
(取材・構成/医学ライター・井手ゆきえ)