ビジネスの世界で、ステップアップを目指す人は多い。「常に成長していきたい」「目標を達成したい」「資格をとりたい」「昇進したい」「収入を上げたい」「転職してキャリアアップしたい」――その手段や目的は様々であろうが、長く社会人として生きていくならば、ごく自然な思いであり、願望といえるのではないか。

 その証拠に、ビジネス書のタイトルなどでも、「成功」「最強」「勝つ」といったアグレッシブな惹句並んでいるのが見てとれる。さらに各種セミナーや講演も花盛りで、世のビジネスパーソンの上昇志向の強さを実感せずにはいられない。

 では、果たして誰もがそのような志向の持ち主なのだろうか? 100人いれば、100通りの夢や目標、ワークスタイルがあるのではないか? そんな観点からも、最近少しずつ注目され出しているのが、「ステップバック」というキャリアパスだ。

 この語感から、「左遷」や「降格」「(意に添わない)異動や転勤」、また「長期休養」「退職」といった少々ネガティブなキーワードを思い浮かべる向きもあるかもしれない。しかし、ここで定義するステップバックとは、あえて「後退する」道を選ぶという概念だ。

 その端緒のひとつとされるのが、米「ウォール・ストリート・ジャーナル」に掲載された「How to Get Ahead By Going Backward」(2007年12月)という記事である。この中では、後退しながらも結果的には前進しているという働き方について述べられており、まず大切なのが「明確な目標を持つこと」「マイナス要素をも受け容れられること」、さらには「感情的な理由で後退を選ばない」といった指南を行っている。

 このように大きな視野を持つと、長いビジネス人生における一時的な後退は、あながちマイナスばかりでもないようだ。例えば、大企業の頂点に上り詰めたようなトップビジネスマンのインタビュー記事などを読んでみても、その多くが不本意な異動や大失敗、人間関係の軋轢、長期の病気療養、といった大きな挫折を経験している。しかし彼らはその体験を糧として、さらなる成長を遂げ、現在の地位を築いているようにも思える。

 これを一般ビジネスパーソンに置き換えてみても、ある種の試練というのは、大なり小なりその人を鍛え、同時に人間力を涵養するのではないか。ひいてはそれが、ビジネスパーソンとしての人間味や魅力につながっているように思う。

 今年4月、従業員を65歳まで雇用することを企業に義務付けた「改正高年齢者雇用安定法」が施行された。少子高齢化に伴い、ビジネスパーソンの勤労年数もさらに伸びることが予想されるが、長いキャリアパスにおいてステップバックという選択は、ひとつの重要な意義を持つのではないだろうか。

(田島 薫/5時から作家塾(R)