
今春、サントリーホールディングスで10年ぶりに創業家出身者がトップに就任する“大政奉還”があった。創業120年の歴史を誇る日本屈指の同族企業、サントリーの足跡をダイヤモンドの厳選記事を基にひもといていく。連載『ダイヤモンドで読み解く企業興亡史【サントリー編】』の本稿では、「ダイヤモンド」1967年8月7日号の特集『新・成長商品の打撃率調査』内の記事「純生ビールとサントリー」を紹介する。サントリーが1967年4月に新発売した純生ビールは好調な滑り出しを見せていた。日本初の熱処理をしない生ビールの純生は、サントリーのシェア増に大きな貢献を果たすことになる。記事では「純生作戦」という大勝負に打って出たサントリーの戦略を分析する一方で、二つの懸念点も指摘している。(ダイヤモンド編集部)
サントリーが“純生”を発売
関西・中京にも販路を拡大
〈発売時期〉 1967(昭和42)年4月20日
〈全売上高〉 70,000百万円
〈ヒット商品(純生ビール)の売上高〉8,000~10,000百万円
全売上高に占めるヒット商品の割合…………… 11~14%
*68年1月期(年1回)の予想数字
〈全売上高〉 70,000百万円
〈ヒット商品(純生ビール)の売上高〉8,000~10,000百万円
全売上高に占めるヒット商品の割合…………… 11~14%
*68年1月期(年1回)の予想数字
新発売した“純生”ビールは、ミクロフィルター方式を採用し、ビールの酵母を処理したものである。“樽(たる)生”と同じ風味を生かした点に特色がある。瓶詰ビールは、出荷後の品質安定を図るために、酵母殺菌装置によって加熱処理が施される。フィルターを採用する方法は、わが国はもちろん、海外でも研究されていたが、これを企業化したのはサントリーが初めてである。
発売は本年の4月20日。初め京浜地区を中心に販売していたが、7月5日から関西、11日から中京方面へも販路を広げた。

滑り出しは、なかなか好調である。
サントリーのビール工場は東京・武蔵野工場一つであるが、昨年までは操業度が50%前後であった。今年は生産の大部分を“純生”に切り替え、目下、フル操業を続けている。1967年1月から7月20日までの出荷は4万1042キロリットル、前年同期に対し50.2%増となった。シェアは昨年の1.7%に対し、3.1%に上昇した。