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正義、倫理、民主主義、市場などをテーマに学生たちと議論を交わす「白熱教室」が人気のマイケル・サンデル米ハーバード大学教授。特集『総予測2026』の本稿では、サンデル教授に世界中で広がる民主主義の劣化について語ってもらった。(聞き手/国際ジャーナリスト 大野和基)
成功の中に占める
「運」と「努力」を測定する
――世界的に進む民主主義の劣化や分極化の背景に、どのような社会的・政治的要因があるとお考えですか。
西欧諸国で進行した「能力主義」が道徳的・社会的にゆがんだ形で定着したことが主要因だと思います。1980年代以降の新自由主義政策やグローバル資本主義の拡大が、所得格差と地域格差を広げました。経済的成功が「努力の当然の報い」とされる一方で、成功できなかった人々が「自業自得」と見なされる風潮が広がり、エリート層の傲慢と、労働者層・地方の人々の屈辱感や疎外感が深まりました。
人々はよりどころを失ったように感じており、心が不安定で、社会とのつながりから切り離されたように感じています。成功者は、その成功が家庭環境や運に大きく依存している事実を忘れ、「自分の努力だけで成功した」と勘違いしがちです。この傲慢さが社会の分断を深めています。
――日本では「親ガチャ」という言葉がはやっています。「子どもは親を選べない」という意味で、“外れ”と思っている子ども側から発せられる言葉です。
成功の中に占める「運の役割」と「努力の役割」を測定する客観的な方法はなかなかありませんが、間接的測定はできます。
一つは、裕福な家庭からトップの大学に入る学生の割合です。東京大学やアイビーリーグの学生の大多数が裕福な家庭出身であるという事実が、成功における運の役割を示す間接的な測定方法となります。
そして、これこそが実力主義のパラドックスなのです。能力主義は元々、世襲貴族制の代わりとして平等を約束してきましたが、現在では裕福な家庭が早期教育などに投資することで、実質的に世襲特権が継承されるメカニズムとして機能し、格差を正当化するものとなっています。
低収入の家庭に生まれても、頑張れば成功することは可能である、という主張もあります。もちろんそれが当てはまる人もいますが、それは世代間の社会的地位の上昇に、重きを置き過ぎています。
歪んだ能力主義が定着し、格差が世襲される社会をどう変えられるのか。次ページでは、サンデル教授は、教育を「社会的成功への切符」とする発想から、「共に生きる力・共通善への理解を育む場」へ転換すべきだと説く。その際のキーワードとなる「共通善」についても、併せて解説する。







