シラーPER40倍接近が示す
米国株「次の10年」の低リターンリスク
そしてS&Pベースの株価指数とシラーPERを1870年代まで遡及(そきゅう)して計算し、それが月次で更新、公表されている(ONLINE DATA ROBERT SHILLER)。図表1は、シラーPERとS&P500の推移を1920年から描いたものである。
これを見ると、1990年代以前のシラーPERは主として10~20倍のレンジで変動しており、20倍を超えると株価は割高でその後大きな反落のリスクが高まる。一方10倍前後だと割安でその時に買っておけば、その後の株価の回復で高いリターンが期待できそうだと分かる。
ただしシラーPERは図表1が示す通り90年代以降に上方シフトして今に至っている。90年代半ば頃、20倍を超えたシラーPERを見て「これはやばい!今の米国株は割高過ぎで、この先のリターンは期待できない」とシラー教授は論文で警告を発した。
ところがその後も株価は2000年春までぐんぐん上昇し、シラー教授の警告は「大空振り」となった。この顛末(てんまつ)については、上記の昨年12月の論考で書いた通りだ。
さて、そのシラーPERが今再び、2000年前後のITバブルの頃につけた40倍超えの高水準に近づいている。これは筆者を含む長期投資家にとっては不吉な兆候だ。
その点を確認するために、1950年以降の月次データで、各時点のシラーPERの水準を横軸に置き、そこから10年後のリターンを年率で示したのが図表2である。投資の年率リターンは期初一括投資で、10年間の配当は再投資ベースで計算した。
図表2を見てわかる通り、各時点のシラーPERの水準とそこから10年後の年率リターンとの間にはきれいな逆相関の関係がある。既述の通り、シラーPERは1990年代に上方シフトしているので、1995年以降は黄色の分布、それ以前は水色の分布で示した。点線はそれぞれの近似線だ。
シラーPERが上方シフトした95年以降の分布で見ても、シラーPER40倍以上で投資すると10年後のリターンはマイナスだ。シラーPERが30~40倍の範囲での投資でも、10年後の年率リターンのレンジは主に0~5%と低い。ちなみに全ケースの平均リターンは9%である。
この結果をどう受け止めたらよいのだろうか。米国株投資は、いったんもうやめた方がいいのだろうか。
ちなみに24年1月から開始された新NISAでは通称オルカンと呼ばれる全世界株価指数(MSCI All Country World Index)が人気のトップだが、その投資内訳で米国株が7割弱を占める。人気の2番手は米国株価指数S&P500に連動する投信だ。早とちりせずに、ご注意いただきたい点を以下に述べる。
第一に図表2で示したリターンは、期初一括投資を行い、投資期間中の受け取り配当は再投資するが、それ以外は一切追加投資せずに、ちょうど10年後に計測した年率リターンだ。私を含む日本の多くの個人投資家が行っているNISAなどでの定額積立投資のリターンとは異なる。
期初一括投資のリターンは、(1)期初に投資した株価の水準、(2)期間中の配当、(3)投資期間の最終時点の株価―以上三つの要素で決まる。一方、長期積立投資の場合は、スタート時点の株価の水準は最終的なリターンに極めて限られた影響しかなく、(1)投資期間中の株価の経路、(2)期間中の配当、(3)投資期間の最終時点の株価―でリターンが決まる。
例えばこれから2000年代初頭のITバブル崩壊のような大きな反落が起こり、10年後に今の株価水準に戻るだけだとした場合、期初一括投資ならリターンは期間中の配当利回り(正確にはその再投資リターン)だけだ。
しかし、積立投資は反落局面で安く買った部分がプラスのキャピタルゲインを生むので、10年後に同じ株価でも、期初一括投資より高いリターンになり得る。
したがって、既にあなたがある程度大きな米国株の投資残高を持っているならば、投資姿勢を慎重化させるのは選択肢の一つだ。一方でまだ積立投資を始めて日が浅く、投資残高も小さければシラーPERが高くても積立投資をやめる必要はない。本当にこれから数年以内に大きな反落局面が到来するなら、安い価格で仕込める好機となる。
一括投資と積立投資では
パフォーマンスが変わる
第二に図表2はドル建てのリターンであり、日本から円資金で投資している私たちにとっては円換算のリターンが問題になる。その場合はリターンを決める要素としてドル円相場の変動が加わる。そこで円換算リターン(年率)にしたものが、図表3である。
これは変動相場制に移行した1973年以降を対象に計算した結果である。ドルベースの場合よりも関係性は低下するが、シラーPERとリターンの逆相関はやはり強く、シラーPER40倍以上ではマイナスリターンだ。
第三に10年間という投資期間の設定はあくまでも計算上の想定にすぎない。仮に10年後に新たな経済・金融的危機で株価が大きく値下がりしている場合は、一括投資であれ、積立投資であれ、投資期間を3~5年延長すればリターンは改善する可能性が高い。
この点については2022年5月の拙稿「米国株、長期・分散積立投資なら大丈夫は本当か」をご参照いただきたい。
日本人が円資金でS&P500に連動するファンドに20年間毎月定額積立した場合の年率リターンを1950年までさかのぼって計算した結果だ。この論考で、最もリターンの悪くなった投資終期が79年とリーマンショック直後の2009年の場合だ。しかし、3~5年投資を延長するだけで投資のリターンは年率7%台に回復することを示した(ちなみにリターンの全ケースの中央値は約8.6%)。
第四にシラーPERとリターンの関係性は将来にわたって過去と必ず同じである保証はない。既述の通り90年代にはシラーPERの上方修正が起こった。例えば95年12月のシラーPERは25倍であり、それ以前だったらそこから10年後のリターンは0%前後になったはずだったが、10年後の2005年12月に計測したリターンは年率26%と非常に高い結果になった。
1990年代後半以降は図表2が示す通り、シラーPERと10年間リターンの関係性は高く、かつ安定しているが、将来も同様である保証はない。将来の不確実性は投資の本質であり、長期の過去のパターンから抽出された関係性は参考として有益ではあるが、それが将来も同様である保証はない。
ちなみに90年代にシラーPERの上方シフトが生じた原因については、複数の説がある。ひとつは企業会計ルールの変更により、景気後退期に企業会計上の利益を大幅に圧縮させる効果が生じたことが指摘されている。
この結果、分母の1株当たり利益の10年平均値を押し下げ、シラーPERを押し上げたとされる。これは株式投資に関するロング・ベストセラー「株式投資(STOCKS for the LONG RUN)」の著書で日本でも有名なジェレミー・シーゲル氏の説だ。
別の説としては、企業が利益を配当として株主に還元するよりも、投資や買収、自社株買いに振り向ける度合いが高くなったことが指摘されている。その結果、将来の利益成長が現在の株価に反映される形で分子の株価が高くなり、シラーPERが押し上げられたとされる。
他にも株価指数S&P500の指数構成銘柄の構造変化や90年代以降の趨勢(すうせい)的な金利の低下傾向などが指摘されるが、定説は確立していない。
最後に言い添えると、以上の通り、今後10年間のS&P500の期待リターンについて筆者のスタンスは慎重ではあるが、S&P500連動ファンドを自分のポートフォリオから外す、あるいはベアファンドを買ってショート・ポジションにするようなことは考えていない。
そもそもシラーPERが高いからと言って、この先株価がどこまで上がり、いつ下向きに反転するかなど信頼できる予想は成り立たないからだ。
むしろ自分の投資ポートフォリオを長期に持続可能な形でリスク管理することが肝心だと考えている。具体的には、2006年から保有している自分のドル投資ポートフォリオでピーク時には株と中長期債の比率は、一時7対3で株式比率が高かったが、過去1年半で米国株(S&P500連動ファンド)を分割しながら一部売り、株と債券の比率をほぼ5対5にした。
もしITバブル崩壊時のような株価の大反落が起これば、金融緩和で価格の上がる(利回りの下がる)中長期債を逆に売って、米国株を買い戻すリバランスを行うつもりでいる。そういう投資姿勢でいれば、夜も安らかに眠れるというものだ。










