Photo:Vincent Besnault/gettyimages
HIV感染、死亡、無免許手術――。美容医療は世界17兆円規模の巨大産業へ急成長したが、安全を支える仕組みは置き去りのままだ。全米で1万店を超えた「メディカルスパ」ではHIV感染や偽造薬事故が起き、世界で被害が相次ぐ。これに対し、オーストラリアの「即日手術禁止」や英国の「新ライセンス制度」、フランスの「専門研修導入」など各国で後追いのルール作りが進む。特集『狂乱の美容医療 膨張市場の「闇」と錬金術』の#8で、世界各国の規制最前線と、未承認薬や専門性基準の欠如など日本に残された「規制の空白」を追う。(ジャーナリスト 星 良孝)
美容施術でHIV感染、無免許で脂肪吸引
世界17兆円市場で安全が置き去りに
美容施術を介して、少なくとも3人にエイズの原因ウイルスであるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染が広がった。
舞台は、米国ニューメキシコ州の無認可施設。自身の血液から作るPRP(多血小板血漿)と、皮膚に細かな穴を開ける針を使う「ヴァンパイア・フェイシャル」が行われていた。
施設では感染対策に重大な問題があった。米国疾病対策センター(CDC)などが感染時期やウイルスの遺伝子を調べた結果、他に明らかな感染経路がない少なくとも3人について、この施設での施術を通じて感染した可能性が高いと判断された。美容目的の注入施術との関連が示された初のHIV感染報告となった。
美しくなるための施術が、感染症を広げる場になった。だが、これは例外的な一件ではない。
フロリダ州では、医師免許を持たない人物が脂肪吸引、豊胸術、「ブラジリアン・バットリフト」と呼ばれる豊尻術を行い、感染症などの健康被害を起こした。関係者4人が逮捕されている。
レーザー脱毛での麻酔により女性が死亡した事故も報告された。メスを使わない施術だから、危険が小さいとは限らない。
ニューヨーク市が違反の疑いがある美容施設15店を調べると、全店で法令違反や安全管理上の問題が見つかった。無資格、無監督での注入や点滴、使用済み注射針、食品と同じ冷蔵庫に保管された製剤、期限切れや出所不明の薬剤――。医療の基本が崩れた状態で、施術が続けられていた。
一方、特集#1で伝えた通り、世界の美容医療市場は2026年に1092億ドル、1ドル160円換算で約17.4兆円に達すると推計される。クリニックの多店舗化が進み、医療機器、製剤、広告、予約サービスまでが一つの巨大産業として結び付いた。
施術が身近になり、施設は増えた。だが、安全を支える仕組みは市場の拡大に追い付かず、事故の後から整えられてきた。
そのひずみは米国に限らない。オーストラリアでは経験の乏しい医師による手術事故が起き、英国では無資格者による高リスク施術が死亡事故につながった(上図参照)。
誰が施術し、何を使い、どこで行うのか。事故が起きた後、誰が治療と責任を引き受けるのか。次ページでは、全米に1万店超と急増しながら7割で医師の診療所と無関係な「メディカルスパ」の闇、オーストラリアが導入した即日手術禁止令、さらにフランスや英国など世界各国が乗り出した後手後手の規制強化の全貌に迫る。








