ある日、スーパーで万引きをしたということで警備員に呼び止められる。本人には全く万引きした覚えがない。そこで断固として否認し続けていると、悪質だということで逮捕されてしまった。

 やむを得ず罪を認めて、起訴されることは免れたものの、新聞報道されたうえに、30年以上勤めた役所を懲戒解雇されてしまう。その後、ピック病であることが判明し、解雇は撤回されるが、ここに至るまでには数年の月日がかかっている。解雇に伴う今後の生活の不安、周りの無理解など、本人はもとより、家族に対する負担は非常に大きい。

 さらに、たとえピック病だとわかっても、それだけで犯罪を免れるわけではない。ピック病であっても心神耗弱等にあたるかは、何とも言えない。何度も繰り返されれば、刑務所に行く可能性は高い。

 ピック病の場合、後から振り返ると、前兆のようなものがいくつもあることが多い。家族としてはこのような前兆を見逃さないことが大切になってくる。それまで穏やかだった人が怒りっぽくなったり、同じ話を何度も繰り返したり、他人との対話中に突然立ち去ったりする行為が出てきたら、要注意である。家族としては、認知症の存在を疑い、いざというときの対応を考える必要が出てくる。

 さらに、認知症の中でも記憶障害を伴うようなものになると、日常生活自体に問題が出てくる。こういう場合には、成年後見の制度を用いることなども考えられる。万が一何か問題を起こした場合でも、このような対応をとっていれば、責任能力がないことを認めてもらいやすくなるといえる。

同時に被害者にもなりえる
介護疲れの家族のケアが重要

 最後に、忘れてはならないのは、認知症の患者は、犯罪を犯してしまうだけではなく、犯罪の被害者になってしまうことも多いことだ。詐欺などのターゲットにされることも少なくない。また徘徊している老人が、交通事故で死亡したようなケースも多くみられる。

 さらに、認知症になった後、人が変わったように家族に暴力をふるうようなことが頻繁に起こる。その結末として、認知症の家族を介護していた者が、介護疲れから無理心中を図るというような事件も発生している。

 今後も認知症にかかる老人の数は増加する一方である。さらに、若年性認知症の患者も増えるだろう。そうなれば、冒頭で紹介したような老人による犯罪も増えていく可能性がある。

 筆者は万引きを繰り返すだけでなく、暴力をふるう認知症患者や車を暴走させてしまう認知症患者に困った家族からの相談を何件か受けたことがある。残念ながら、明確な答えを示すことができないほど、難しい問題である。

 まずは、こうした問題が徐々に大きくなるであろうということを、家族や社会が広く認識し始めることが、老人犯罪からのダメージを最小限にし、解決策を考えだす第一歩であろう。



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<執筆者プロフィール>

大山滋郎/おおやま・じろう

認知症でもないのに窃盗を繰り返す老いた母 <br />いかに老人犯罪から社会と家族を守るのか

1963年生まれ。東京大学法学部卒業。一部上場メーカーの法務部門に15年間勤務。その間に米国のロースクールに留学し、ニューヨーク州弁護士の資格を取得。その後、勤務のかたわら司法試験に合格。司法修習終了後、弁護士として会社に戻る。その後、外資系大手弁護士事務所に移籍。07年4月、企業法務と刑事弁護という経験豊富な分野に集中すべく独立。横浜パートナー法律事務所を設立。

横浜パートナー法律事務所