中国で著名な社会学者である丁学良博士(香港中文大学教授)のブログを見ておりましたら、中国の「内需拡大」に対する面白い意見を見つけましたので、日本の読者のみなさんに紹介したいと思います。

【丁学良博士について】
同教授は貧しい農村に生まれ、1984年に留学し、1992年に社会学でハーバード大学の博士号を取得。これまで、ハーバード大学、国立オーストラリア大学のアジア太平洋研究院、カーネギー財団、香港科技大学などで教育・研究に携わってきたほか、中国国内の数箇所の大学で客員教授をしています。研究領域は、社会転換、比較発展、大学制度および国際化であります。以下の意見からも分かる通り、中国の一般大衆の立場、利益に重点を置いた発言が見られます。

 丁教授は、『中国が全世界的な金融危機の影響から抜け出すには、単なる内需拡大ではなく、現在の「官需拡大」から「民需拡大」に転換し、更に、それは「対外開放」ならぬ「対内開放」、すなわち、1990年以来の独占型大型国有資本重視から、民営資本重視、そして一般大衆の機会均等が進まないと実現できない』としています。

 以下が、丁教授の具体的な主張内容です。

高度成長の果実を
国が独占

1. 1990年を境に、中国では高度成長の果実を政府と国営資本が独占し、民営資本と個人は割りを食っている傾向にある

 まず、丁教授は、以下の専門家たちの研究成果を上げて、1990年を境として中国が国富民窮(政府が豊かになり、民は貧しくなっている)という方向性を説明しております。すなわち、1990年以降の中国の経済成長は、政府の投資と輸出の両輪に支えられ、国内住民の消費による成長は年々弱まってきていると主張しております。

(1)清華大学で社会移動(Social Mobility)を研究している李教授の研究成果

 1990年以後は、貧しい家庭の子女が高等教育を受けることにより貧困層から抜け出すチャンスが少なくなったと分析している。

 1978年から1990年の間は、大学以上の高等教育のコストは国家の予算で賄われていたので、農民や貧困家庭の子息であっても自分の父母が属する階層から抜け出すチャンスが多くあった。しかし1990年以降は、高等教育のコストの大半を家庭が負担しなければならなくなったため、貧しい家庭の子息が高等教育を受けるチャンスが少なくなり、父母が属する階層から抜け出すことがより困難となった。

(2)マサチューセッツ工科大学黄亜生教授の研究成果

 1990年以前と以後で、非国有の民営中小企業に対する、中国の金融機関と各級地方政府の金融財政面でのサポートに大きな違いがあるとの研究結果を示している。

 1990年以前の十数年は、中央政府の指示のもと相当大きなサポートがあったが、1990年以降は急激に弱まり、中央政府の経済金融政策は、益々大量の国有企業、特に大型の独占型国有企業をサポートするようになっている。また、黄教授はこうしたことから中国の改革開放が始まった1978年から現在までの30年間を1つの時代として捉えるべきでなく、1990年を1つの転換点と捉えるべきと主張している。