10月31日に開かれた第2回検証委員会の様子
Photo by Masaki Ikegami

東日本大震災の津波によって、800人近い犠牲者を出した宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)地区。震災当時、4000人ほどが在宅していたといわれる閖上で、なぜこれほど多くの犠牲者を出したのか。

名取市は現在、第三者検証委員会をつくって検証作業を進めている。その第2回委員会は10月31日に開催され、当日の避難行動や災害対策本部、放送されなかった防災行政無線について、それぞれの検証作業報告の調査経過から、行政職員らの生々しいやりとりの一端が公表された。

災害対策本部の初動対応については、すでに市長ら約20人にヒヤリングを実施。震災11分後から津波が到達する15時59分までの1時間余りの間に計8回、防災行政無線で津波避難の呼びかけを行っていたことがわかった。

ところが、防災行政無線のメーカー側や市担当職員へのヒヤリングによると、無線は震災2分後の14時48分には故障が発生。市の職員は、防災無線が流れていないことを19時過ぎに気づいて対処したことなども明らかにされた。

地震発生から大津波襲来までの約70分
名取市役所が行った避難指示

 まず、災害対策本部の検証作業報告では、地震発生から大津波襲来までの約70分間の初動対応の実態解明や、事前準備の状況調査に重きが置かれた。

 検証委は、9月中旬から10月末にかけ、市長をはじめ、市の災害対策本部メンバーや地域防災計画、マニュアルなどの作成担当者の20人余りに1件2時間近いヒヤリングを実施。既存の調査資料や報道などと突きあわせた内容になっている。

 報告によると、名取市役所の初動対応について、地震発生4分後の14時50分過ぎ、施設管理を担当している財政課が、来庁者の庁舎外への避難誘導を指示。市庁舎5階にいた防災安全課の職員は、5階の来庁者を避難させた直後の14時54分頃、市民に放送するため、3階の防災無線室に駆け下りた。

 職員は、すぐに防災行政無線を立ち上げ、稼働状況を確かめた。モニターのNHKテレビから、大津波警報と津波情報が放送されていて、情報を入手できたものの、気象庁や県庁からのメールとファックスは受信できなかった。