市場メカニズムを活用するための情報の重要性
市場メカニズムをいかにうまく活用するか。それが日本の医療を改革するうえで欠かせない論点である。混乱を招くだけの乱暴な市場メカニズムの導入ではなく、複雑な医療システムを好ましい方向にうまく導いていく市場メカニズムが求められる。
市場メカニズムは、情報と切っても切れない関係にある。今回はこの点について論じてみたい。そのため、まず医療以外の例から話を始めたい。20年以上前にロシアで私が目撃した光景からだ。
当時、ロシアはまだ社会主義の制度が色濃く残っていた。私たちは、モスクワのある研究所を訪れていた。外はしんしんと冷え込んでいたが、室内はスチームで十分に暖められていた。暖房がどのような仕組みになっているのかという話になり、それがどこかから集中的にパイプラインで送られてくるスチームであることがわかった。
これが突然切れて室内が寒くなることがあるが、今日はそうでなくてよかったですね、という会話になった。驚いたことに、その建物のスチームにはメーターがない。そのため研究所は暖房を目一杯利用しようとする。いくら使っても追加料金を徴収されるわけではない。どこの家庭や事務所でも使えるだけ使うので、どこかの時点で燃料が不足することもある。すると突然暖房が止まることになるそうだ。
何とも乱暴な話であるが、市場メカニズムが働かないとはこういうことを言うのだろう。市場取引にはメータリング、すなわち計測が重要である。たとえば、水道メーターがあるのでどれだけ水道を利用したかがわかる。メーターの結果で水道料金が徴収される。私が目撃したロシアの制度は、この水道メーターがないようなものだ。経済メカニズムを働かさないので、メーターもいらないことになる。
もっとも、日本にも似たような話はある。電力メーターだ。多くの家庭に設置されている電力メーターは、利用に応じて円盤が回転する。月末に1ヵ月でどれだけ円盤が回ったかで、電力料金が徴収される。いかにも古いメーターだ。だから十分に価格メカニズムを働かすことができない。
いま政府は一生懸命にスマートメーターを導入しようとしている。これならばどの時間帯にどれだけ電気を利用したかがわかる。コストの高い昼の電気料金を高くすることも簡単にできる。また、メーターのデータを電力会社だけでなく、いろいろと共有できるので、家庭内の電力料金を節約するようなHEMS(Home Electric Management SystemあるいはHome Energy Management System)を導入することもできる。要するにメーターが高度化すれば、より高度な料金制度を導入することが可能となるのだ。