ある問題が起きた時、再発防止を目指して調査・分析を行う際に、よく用いられる「なぜなぜ分析」という手法がある。このやりとりは、まるで遺族の側が「なぜなぜ分析」をしているかのようだ。

 こうしたやりとりはまだ続く。

遺族 「いろんな学校が大川小と似たようなことをやっていて、大川小はたまたまダメだった、例えば大川小はイチから十まで全部だったんだと言うけれど、例えば、子どもたちが先生に津波来るから山に逃げようと言ったことは、ダメなことなのか?」

室﨑委員長 「いくつもある要因に共通している部分がある」

遺族 「それはわかる。それらの検証を全部やったのか?」

室﨑委員長 「やったつもり。共通している部分は、例えば津波のハザードマップでは津波が来ないとされたところで、防災マップを作るとか山を確認するという蓄積の基に、当日の行動が生まれる。全てをやっていない大川小特有の問題があった」

遺族 「大川小の特有の問題とは何か?」

室﨑委員長 「大川小だけの問題とすれば、リーダーシップと教員集団の問題」

遺族 「そこについてなぜ深く突っ込まないのか?」

室﨑委員長 「私の交通整理でいいと思っている」

遺族 「全く納得できない。全然説明になっていない。子どもたちがあんなに学校のそばで、何十人も折り重なって死んだんですよ。説明だと“たまたま”じゃないですか。全体を貫くものを分析してください」

室﨑委員長 「突っ込んでいるつもりです」

遺族 「それが(報告書案の)どこに記載されているのか?」

室﨑委員長 「事実認定や分析の所で問題点を……」

遺族 「なぜそういうリーダーシップの校長先生が大川小にいたのか? なぜ、まとまらない教員集団、意思決定できない組織になってしまったのか? たまたまか?」

室﨑委員長 「たまたまではないと思う」

遺族 「私は、2月に検証委員会が始まった時に、そこから議論を始めてくれるものばかりと思っていた。そのための専門家だったんじゃないかと思う。その部分には、検証委員会が全く踏み込んでいないと認めていただくしかない」

室﨑委員長 「そういうことも考えて検証したつもり。検証が足りないとか不十分だとか言われるが、我々として知りうる事実のなかで問題点を全部捉えてまとめた」

遺族 「 『山へ』と言った子どもも保護者も先生も居て、もちろん時間も方法も情報もあった。もう一度聞くが、このようなずさんな備えになったのはなぜなのか?」